- 日曜日発行/20~24ページ
- 月ぎめ967円(税込み)
2020年5月31日付
新型コロナウイルスの感染拡大で休校が長引いたことなどを受け、「9月入学・始業」にする案が話題になりました。課題も多く、政府は来秋からの導入を見送る方向で検討しています。みなさんはどのように考えますか?(森泉萌香、松村大行)
4月、SNS上では、長期休校による学習の遅れを取り戻すために「9月入学・始業」の導入を求める高校生の声が話題になりました。自治体トップの間でも、新型コロナウイルスの影響の大きさで地域間の学力差が広がるなどとして、導入を求める声が上がりました。
その後、文部科学省が「9月入学」案をシミュレーションしていることが明らかに。安倍晋三首相も「社会全体に大きな影響を及ぼすので慎重に、という意見もあるが、これくらい大きな変化がある中では、前広に判断していきたい」と話しました。
一方で、大学のトップや教育団体などからは慎重な議論を求める声も上がりました。導入した場合の学年の編成方法、教員不足や待機児童の増加など課題も多く、社会の混乱を招く可能性があるからです。
3千人近い研究者らでつくる日本教育学会も22日、政府に対して「9月入学を議論するよりも、いま大変な状況にある学校や子どもたちを支える取り組みを」と求める提言を提出しました。
こうした流れを受け、「9月入学」案を議論してきた自民党のワーキングチームは27日、今年度や来年度など直近の導入の見送りを求める提言の原案を作成しました。拙速な導入には課題が多く、世論の分断も心配したためです。政府は感染が再拡大した場合などの課題も検討した上で、6月中にも来秋からの導入の見送りを最終判断する方針です。
「9月入学・始業」を仮に今年9月から導入する場合は、4月から予定していた学習を最初から始めることができます。日本大学文理学部の広田照幸教授は「今まで通りの授業の期間で必要なことを教えられ、無理に詰め込む必要がない」と話します。新型コロナウイルスの感染拡大や休校などで中止や延期になった運動会、修学旅行などの学校行事も、実施できる可能性があります。
「9月入学・始業」を導入するメリットは他にもあります。「長い夏休みを終えてから新学期が始まるため、学年の途中で中だるみしにくい」と広田さん。
また、世界では欧米を中心に夏から秋に新学年が始まる国が多いため、留学しやすくなったり、国際化などが進んだりする利点も挙げられます。日本では2011年に東京大学などが9月入学案を検討したことがあります。当時は大学だけの移行を想定していたため、高校卒業後に半年間の空白期間ができることなどを理由に、この案は見送られました。
「9月入学・始業」には課題もたくさんあります。広田さんは「入試や採用試験などスケジュールが大きく変わり、社会が大混乱する可能性がある」と指摘します。
4~8月の学費や給食費など経済的な負担の問題もあります。文部科学省は、来年以降に「9月入学」を導入した場合、移行期の授業料など家庭の負担額が、一人あたり▽公立中で約20万4千円▽公立高で約19万1千円▽私立高で約40万4千円などと試算しました。授業料の支払いが滞るなど収入が減れば、私立学校などの運営が厳しくなる恐れもあります。
学年の区切りも変わるかもしれません。
文部科学省は、来秋から導入した場合の新小学1年生の対象範囲について、①21年度の新入生を「17カ月学年」にする②5年間「13カ月学年」として段階的に移行する③現状の学年の区切りを維持したまま4~8月に「ゼロ年生」の期間を作る、という3案を検討しています。
いずれも課題は多くあります。①は一つの学年で最大17カ月の月齢差が生じ、小学校入学の年齢が最高で7歳5カ月と世界でも異例の高年齢になります。一学年の人数が通常の1.4倍になり、受験などでの高倍率化も予測されます。また、現在の年中児は誕生日によって別学年に分かれます。
②の場合、児童の数の増加を分散できますが、自治体の子育て支援費の支給などで、毎年システム改修が必要になるなどのデメリットがあります。
さらに英オックスフォード大学の苅谷剛彦教授の研究チームは、①~③のどの施策をとったとしても、教員不足や、保育所や学童保育の待機児童問題が深刻になると報告しました。特に③の案では、学童保育の待機児童が毎年4~8月に41万1千人となり、現在の23倍近くに。教員も6万6千人が不足します。
(C)朝日新聞社
修学旅行生ら大勢の人でにぎわう昨年の平和記念公園=広島市
(C)朝日新聞社
日本大学文理学部の広田照幸教授
SNS上では、中高生が積極的に賛否の意見を投稿する動きが目立ち始めています。ネットで署名を集める動きも盛んになっています。
大阪府の高校3年生が始めた「Spring Once Again~日本全ての学校の入学時期を4月から9月へ!」という活動には、約2万3500人分の署名が集まりました。とりまとめた生徒の一人は「受験への不安や高3という立場で最後の青春が奪われつつある状況の中、『不安だ、不安だ』と言っているだけでは何も変わらないと思った。何らかの形でこの声が報われることを願っています」と話します。
一方で、反対の声も大きくなっています。京都府の高校2年生は「9月新学期制度には反対です」というネットでの署名活動を始めました。「メディアで賛成の意見や主張が多く取り上げられており、反対の意見も知ってほしいと思った。行動を起こしたら何かが変わるかもしれない。長期的視点で、私たち当事者の人生について考えてほしい」と話しています。
複数のNPOなどで組織される日本若者協議会は5月中旬、「9月入学」の是非に関する学生アンケートの結果を発表しました。小学生~大学院生718人からの回答で、「賛成」が37.2%、「反対」が47.0%となり、反対が賛成を上回りました。
ツイッターで賛同を呼びかける「Spring Once Again~日本全ての学校の入学時期を4月から9月へ!」の署名活動
ツイッターで賛同を呼びかける「9月新学期制度には反対です」の署名活動
・削られてしまった体育祭や文化祭などをやってほしい。私たちには今しか高校ライフを過ごす時がないので、真剣に考えてほしい。(高1)
・地域や家庭によって学力差がついている。9月入学は教育を平等に受ける権利としてやるべきだ。(中3)
・入学時期を国際基準に合わせることで、他国との交流が盛んになり、グローバル化が進む。学びの場が大きく広がる(高1)
・積雪、花粉、インフルエンザ、コロナウイルスなどに邪魔されないので、受験生としてメリットが多い。(中3)
・学年の区切りや学校行事、受験や就職の時期をどうするかなど、課題が多い。これらが変われば、社会が混乱すると思う。(高1)
・慣れない通学路を暑い中、通わなければいけない。桜の時期に入学式ができないのも寂しい。(中2)
・伸びた半年分の学費に政府からの補償はあるのか。国内の大学の経営はどうなるかが不安。(高3)
・9月入学の議論が尽くされるか分からず、導入が間に合うかも分からない。9月にコロナウイルスが収束している保証もない。(高2)
イラスト・佐竹政紀
記事の一部は朝日新聞社の提供です。