朝日中高生新聞
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1面の記事から

同じ思い させたくない

2020年4月19日付

池袋・自動車暴走事故から1年

被害者遺族が発信し続ける

 交通事故の年間死者数は1970年に過去最悪の1万6765人を記録しました。以後、減少傾向にあるものの、昨年の死者数は3215人。なお、たくさんの人の命が奪われています。そしてそれ以上にたくさんの人が、大切な人を交通事故で失う悲しみを味わい続けています。
 東京・池袋の交差点で、高齢の男性が運転する車が暴走し、自転車に乗っていた親子がはねられて亡くなった事故から、19日で1年になります。この事故で妻のまつながさん(当時31)と、長女のちゃん(当時3)を失った松永たくさん(33)は「自分と同じ思いをする人をもう出したくない」との思いで、事故直後からさまざまなメディアを通じて、自身の思いを訴え続けています。16日には初めて、フルネームも公表しました。
 事故から1年になるのを前に、松永さんに取材しました。どうしたら事故を減らせるのか、みなさんも一緒に考えてみてください。(八木みどり)

池袋自動車暴走事故の現場写真
高齢の男性が運転する車が暴走し、12人が死傷した事故現場。左奥の乗用車が猛スピードで交差点に進入し、自転車をはね、青いごみ収集車に衝突するなどしました=2019年4月19日、東京都豊島区、朝日新聞社のヘリから撮影
(C)朝日新聞社

会見を開いた松永さんの写真
暴走した車を運転していた男性が起訴されたことを受けて、会見を開いた松永さん=2月6日
(C)朝日新聞社

愛する妻と娘との幸せな日々が一転

 東京と沖縄での遠距離恋愛の末に結婚した妻のさんは、優しくて、ちょうめんな性格でした。つまようじの1本1本に旗のような飾りをつけたり、家を訪れる人のためにカフェ風の飲み物メニューを作ったり……。「そんなところが大好きだったんです」とまつながさんは話します。
 長女のちゃんは、お父さんとお母さんと「ノンタン」の絵本が大好きでした。毎晩、寝る前は絵本の読み聞かせの時間。「莉子の中で、妻なら2冊、僕なら4冊っていうルールがあって、莉子が選んだ本を読んであげていました」
 「愛してる」。ことあるごとに、そう口に出して伝える松永さんに、真菜さんは「言えばいいと思ってるでしょ」と笑っていました。そうやって3人で幸せに暮らしていた部屋は、昨年4月19日から、そのままにしてあります。
 この日、東京・池袋で高齢の男性が運転する車が暴走し、交差点に進入。青信号で横断歩道をわたっていた真菜さんと莉子ちゃんがはねられ、亡くなりました。2人は自転車で、自宅近くの公園に向かっているところでした。
 事故では2人のほか、車を運転していた男性も含めて10人がけがをしました。警察の調べに対して、男性は「ブレーキがきかなかった」などと話しているそうですが、警察は、ブレーキとアクセルをふみまちがえていた可能性があるとみています。男性は今年2月、自動車運転死傷処罰法違反(しつ運転しょう)でされました。

厳罰求める署名、39万人分集まる

人の意識が命を守る 事故減らせる

 事故から5日後の24日、松永さんは記者会見を開き、生前の2人の写真を公表しました。深い悲しみの中、あえて会見を開いたのは「自分自身が、事故が起こるまで、交通事故の被害者や加害者になる可能性を考えたことがなかったから」。ある日突然、松永さんのように「交通事故の被害者の遺族」になり得ることを、多くの人に現実的に考えてもらいたいと考えたそうです。
 松永さんは事故後、運転していた男性への厳罰を求める署名活動を行いました。集まった署名は39万人分に上り、東京地方検察庁に提出しました。
 愛する家族を失って、事故を起こした男性を恨む気持ちがないわけではありません。でも、厳罰を求めるのは恨みからではありません。「軽い罪ですんでしまったら、それが前例になってしまう。すると、いつか同じような事故が起きたとき、遺族がまた、苦しんでしまう」とするからです。
 高齢であることなどを理由に運転免許を返納する人も増えてきていますが=メモ参照、特に地方では、自家用車に代わる移動手段の確保は大きな問題です。自動運転の技術開発も進みますが、まだまだ万能とは言えません。交通事故で亡くなる人をなくすまでには、解決すべき課題が山積していることは理解しつつも、松永さんは言います。「でもやっぱり、土台になるのは、人の意識だと思うんです」
 「他の人に同じ思いをさせたくない」「起きなくてもよかったはずの事故を1件でも減らしたい」。取材中、松永さんは繰り返しました。
 「不安を自覚した上での運転、飲酒運転、あおり運転、運転中の携帯電話の使用といった危険運転をしそうになったとき、亡くなった2人のことを思い出してほしい」。近い将来、免許を取って、車を運転することになる中高生にも、そう訴えます。
 最愛の2人を失った今、交通事故を減らしていくことを、松永さんは「使命」だと感じています。「もうだれも、(交通事故の)加害者にも、被害者にもしたくないんです」

【運転免許の自主返納制度】

 運転に不安を感じる高齢ドライバーらは運転免許を自主的に返納できる制度。1998年の改正道路交通法で制度化された。
 免許証は銀行などで本人確認のための書類として必要となる場合もあるため、返納した人が申請すれば、免許証の代わりに身分証として使える「運転経歴証明書」を発行する。運転経歴証明書を提示すればタクシーやバスの料金を割り引くサービスなどで、返納を促す自治体もある。
 返納者数は近年増加傾向にあり、2019年の運転免許の自主返納は、60万1022件。前年より17万9832件(42.7%)多く、過去最多となった。

事故から1年になるのを前に、松永さんが公開した動画URL
youtu.be/wlu0K3TSpbo

莉子ちゃんが好きだった絵本を見つめる松永さんの写真
莉子ちゃんが好きだった絵本を見つめる松永さん。真菜さんと莉子ちゃんと3人で暮らしていた部屋は事故後、そのままにしてあります=東京都内

献花台に手を合わせる人の写真
事故現場に設けられた献花台に手を合わせる人=2019年4月20日
(C)朝日新聞社

運転していた男性への厳罰を求めて署名活動をする松永さんの写真
運転していた男性への厳罰を求めて署名活動をする松永さん(中央)=2019年8月3日、東京都豊島区
(C)朝日新聞社

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