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2015年10月7日付
今年のノーベル医学生理学賞が北里大学特別栄誉教授の大村智さん(80歳)とアイルランド出身でアメリカの大学のウィリアム・キャンベルさん(85歳)、中国の屠ユーユーさん(84歳)に贈られることが5日、発表されました。授賞の対象となった業績は「寄生虫による感染症とマラリアの新たな治療法の発見」。日本のノーベル賞受賞は去年に続き23人目で、医学生理学賞では3人目です。
5日夜、大村さんが出席した北里大学(東京都港区)での記者会見には報道陣や学生ら400人近くが集まりました。
「私の仕事は微生物がやっている仕事をいただいたもの。私自身がものを作ったり、難しいことをしたりしたわけではなく、全部、微生物の仕事を勉強させてもらいながら本日まできた。それなのにこんな賞をいただいてしまっていいのかな」
「微生物の仕事」とはどういうことなのでしょうか。
微生物はカビや細菌など、目に見えないほど小さな生物です。大村さんは1960年代から、微生物が作り出す物質を見つけて、薬に役立てる研究をしてきました。
静岡県伊東市でとった土から74年、新種の菌を見つけました。この菌が作る物質を元に、アメリカの製薬会社にいたキャンベルさんと、動物の体内に入りこむ寄生虫に効く「イベルメクチン」という薬を開発しました。
ウシやブタなどを育てる畜産業で広く使われるようになり、その後、アフリカなどの熱帯地方に広がる「河川盲目症」という人間の病気にも効くとわかりました。虫にかまれると体内に寄生虫が入りこみ、失明にもつながる病気です。
屠さんは、薬草から取りだした物質がマラリアの治療に効くことを示しました。3人の功績で、年間数億人がかかるおそれがある病気の予防と治療が可能になりました。
大村さんは座右の銘として、子どものころにおばあさんにくり返し言われた「人のためになることを考えなさい」という言葉を挙げました。研究者になってからも、分かれ道に立った時は「どちらが世の中のため、人のためになるかな」という基準で考えてきたといいます。
集まった学生には「成功のかげにはその何倍もの失敗がある。失敗をくり返して、やりたいことをやりなさい」とメッセージを送りました。(岩本尚子)
大村さんは山梨県韮崎市出身。実家は農家です。山梨大学を卒業し、東京都立墨田工業高校定時制の教師をしたあと、研究の道に入りました。
大村さんのことをよく知る馬場錬成さん(科学技術振興機構・中国総合研究交流センター上席フェロー)は「授賞理由は主な業績であって、ほかにも多くの化学物質を発見し、学術研究に貢献してきたことが認められたと思う」と話します。
「大村さんは非常に温厚で、バランスのとれた常識人」だといいますが、学問にはきびしく、学生には「遊ぶ時間があったら研究しろ!」と言うそうです。馬場さんは「生まれ持った資質に、ひと一倍の努力と負けん気が合わさって、今回の受賞につながりました。若い研究者が勇気づけられたと思います」。
子どもたちに科学を伝えることにも熱心で、仲間の科学者と「山梨科学アカデミー」をつくり、小中高校の科学の活動の表彰などをしています。
昨年度の受賞校・上野原市立上野原小は、広さ30ヘクタールの学校林で、自然観察などに力を入れていることが評価されました。校長の近藤周利先生は「これをきっかけに、科学に興味をもつ子に育ってくれれば」。(寺村貴彰、八木みどり、今井尚)
笑顔で会見する大村智さん=5日夜、東京都港区の北里大学、別府薫撮影
大村さんが開発したイベルメクチンは、犬用のフィラリアの薬にも使われています
記事の一部は朝日新聞社の提供です。