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2016年10月30日付
「社会がゆとりを持って基礎科学を見守ってほしい」――。今年のノーベル医学生理学賞に決まった大隅良典さん(東京工業大学栄誉教授)は、会見で基礎科学の大切さを繰り返し訴えました。基礎科学とは、どんなものでしょうか。大隅さんも13年間所属していた基礎生物学研究所(基生研、愛知県岡崎市)の教授、長谷部光泰さんは「自由研究と同じ」と話します。(近藤理恵)
生物など、自然の謎を解く学問を「基礎科学」といい、大学では理学部などで学べます。一方、人間の暮らしを良くすることを目的とした工学や農学、薬学などは「応用科学」と呼ばれます。
長谷部さんが研究するのは「生物が進化する過程の謎」です。
例えば「食虫植物」は虫をつかまえやすいつぼ形の葉や、虫を消化する酵素など、すべてそろっているからこそ環境に適応できます。葉がつぼの形をしているだけ、酵素を持つだけでは意味がありません。しかし、いきなり完成形が生まれるわけではなく、少しずつ進化を遂げると考えられています。長谷部さんは、途中の役に立たない段階をどう乗り越え、進化したのかを調べています。
大隅さんは受賞決定後、今の日本では、すぐに成果が出ることばかりが重要視されている現状を指摘。「本当に役に立つのは10年後、20年後、100年後かもしれない」基礎科学の環境が悪くなっているといいます。
長谷部さんも「役に立つことばかりをめざすと他の宝の山が見えなくなる。ノーベル賞を受賞するような研究は『まさか』というものばかりです」。
大隅さんの研究テーマ「オートファジーの解明」は、がんの原因解明や治療などにつながると期待されています。しかし、自身は「がんにつながると確信して始めたわけではない」と話しました。
「大隅さんは謎を解き明かしたくて、研究を続けていたはず。僕も研究がおもしろくて仕方がない」と長谷部さん。長谷部研究室でコケを研究する堀内雄太さん(25)も「『知りたい』という思いで研究を進めています。宇宙にロマンを感じる気持ちと同じです」。
小学生の時に食虫植物と出合った長谷部さん。「基礎科学は『自由研究』と同じ。世の中にはおもしろいことがいっぱいあります。みなさんも、自分が不思議に思ったことを追究してください」
大隅さんが日本の基礎科学の将来を心配する背景には大学の研究費の仕組みの変化があります。
政府が研究を助けるお金は2種類。大学や研究機関の規模などに応じて配る「運営費交付金」と、研究者に提案させて、すぐれた研究を選んで渡す「競争的資金」です。
朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子さんは「制度が変わり、競争的資金の割合が年々増えています」。2004年に国立大学が法人化されて以降、運営費交付金は毎年約1%ずつ削減されています。
競争的資金をもらうには「どのように役に立つか」を書かざるをえません。そのため成果が出にくい基礎研究は、獲得が厳しい状態にあります。
高橋さんは「研究者は成果を社会にきちんと伝える必要がある。私たちも、その成果を楽しんで、研究者を応援する環境になればいいと思います」。
ノーベル賞受賞が決まった大隅良典さん。会見で基礎科学の重要性を訴えました=3日、東京都目黒区の東京工業大学
食虫植物を前にする長谷部光泰さん
シャーレに入っているのは遺伝子組み換えをしたコケ=どちらも14日、愛知県岡崎市の基礎生物学研究所
基生研で大隅さんが使っていた顕微鏡を展示。多くの入場者がのぞき込んでいました=8日、愛知県岡崎市
(C)朝日新聞社
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