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2015年11月1日付
地球温暖化の対策を話し合う国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)が11月末からフランス・パリで開かれます。北欧の国ノルウェーは、温室効果ガスの排出を大きく減らすために何ができるか、日本の中高生からエッセーを募集しました。優秀賞の3人がこの秋ノルウェーを訪れ、国際会議や地元自治体で発表。環境への取り組みも学びました。(今井尚)
サーモンやサバなど海の幸、深い森に恵まれたノルウェーは、環境先進国として知られます。発電時に二酸化炭素(CO2)を出さない水力発電で電力のほぼ100%をまかない、森林を育てるなど、環境問題に力を入れています。COP21に向けて、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年に比べて40%以上減らすという高い目標を掲げます。
駐日ノルウェー王国大使館が募ったエッセーには350通あまりの応募があり、優秀賞12人のうち、代表がノルウェー中部の学園都市トロンハイム市に招待されました。野崎有花さん(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校3年)、和田拓真さん(滋賀大学教育学部附属中学3年)、山口侑梨江さん(京都・同志社国際中学3年)の3人です。
1997年、最初の温暖化対策の枠組みとして「京都議定書」が採択されました。これをきっかけに、日本とノルウェーは持続可能な社会を築くため、科学者たちが学び合うことを約束。ノルウェー最大の科学技術大学があるトロンハイム市と、関西の大学の研究者らが中心となって、2005年から国際会議「環境とエネルギーにおける京都国際フォーラム(KIFEE)」を開いています。
8回目の会議が9月に開かれ、3人も出席しました。発表はすべて英語です。野崎さんは「もったいない」といった価値観を再評価し、経済中心主義を見直すべきだと主張。和田さんは江戸時代の生活などを紹介し、むだのない暮らしを提案しました。山口さんは次世代を担う子どもたちが環境について議論する国際的な「子ども会議」をつくろうと訴えました(全文は駐日ノルウェー王国大使館のウェブサイトに掲載)。
会場からは温かい拍手が起こりました。国際会議には食事をしながら交流を深める時間があり、3人も歓迎されました。
会議に参加した滋賀大学の糸乗前教授は「国際会議に出ることで、自分の研究が世界でどのように通用するのかを推し量ったり、世界の流れを知ったりできる」と3人に説明。和田さんは「科学者たちがどうやって情報交換したり、つながりを持ったりしているか感じられました」。
環境とエネルギーにおける京都国際フォーラム(KIFEE)で、研究者らを前に意見を発表する和田さん(手前)
3人はトロンハイム市役所を訪れ、クヌート・ファーゲルバッケ副市長と環境対策を担当するハンス・アイナル・ルンドリさんから、市の取り組みを聞きました。
市は特に交通分野からのCO2排出量を、2018年までに08年比で20%減らす目標を立てています。
自動車の通行量を減らそうと、中心街を取り囲むように25カ所、道路上にチェックポイントを設置。通過する車から自動的に料金を徴収するシステムを08年に導入しました。その結果、人口は毎年1.5%増えているにもかかわらず、自家用車の通行量は09年から13年の間に9%減ったといいます。
一方、バスなどの利用は50%以上増え、自転車で中心街へ向かう人も20%増えました。そこで市は、大気汚染物質を多く出すディーゼル車から、天然ガス車へとバスの種類を切り替えています。自転車道の整備も進めています。
18年までにはすべてのバスでバイオ燃料が使えるようにする計画です。市の郊外でバイオ燃料工場の建設が始まりました。ここでは、養殖の途中で死んでしまったサーモンなどからバイオ燃料を作るといいます。
電気自動車の普及も進んでいます。市によると新車の6台に1台が電気自動車です。副市長自身はCO2削減のため、自家用車をやめました。買い物に行くのも徒歩。荷物をたくさんかかえて歩いていると、「副市長なのに車もないの?」と声をかけられることもあるそうです。
「自家用車の利用が減ったことは一つの成功ですが、荷物を運ぶトラックなどは増えています。これを減らすには人々の買い物の量を減らすしかありませんが、大きな挑戦です」とハンスさんは話します。
山口さんは「私の学校には世界各地から生徒が集まっています。困難な問題でも普段から話し合い、議論することが大切だと感じました」。
自転車も歩行者も、きちんと決められたレーンを通行するようすが見られました=どれもノルウェーのトロンハイム市
ノルウェーは日本と比べて物価が高く、消費税も高い国ですが、教育に関しては、だれもが学べる機会を整えています。
ノルウェーの小学校は日本より長い7年間。6歳から始まり、1年生からノルウェー語だけでなく、英語も学びます。中学校3年までの10年間が義務教育です。高校は3年間で、その後、多くの人が大学へ進みます。
ノルウェー科学技術大学を訪ねました。2014年、ノーベル医学生理学賞を受賞したモーセル夫妻の研究室には、日本人もいます。脳の働き、特に匂いの記憶を研究する五十嵐啓さんです。日本の大学を卒業後、さらに研究を深めるためにやってきたといいます。
「日本に比べて広い研究室で設備は充実し、スタッフもいるため、研究しやすい環境です。冬の寒さと暗さはちょっと大変」
同大では、国の電力を支える水力発電の研究などもしていました。
ノルウェーでは公立大学の学費が留学生を含めて無料です。奨学金も出ます。このため海外からの留学生も数多く在籍しています。博士課程になると、研究に対して給料まで支払われるそうです。
広々としたキャンパスを歩き、学生食堂で食事をしました。山口さんは「いつか海外に留学したい」と夢をふくらませていました。
水力発電の研究室で、タービンの開発について教わりました
ノルウェー人は自然の中で過ごすことが大好きです。ヒュッテと呼ばれる簡素な山小屋で、休日を過ごす人も多いといいます。3人はガイドのマーク・ポウルセンさんと一緒にノルウェーの森に出かけました。
トロンハイム市郊外の高台。湖が点在する森の中では、ランニングをしたり、犬と散歩したりする人たちが見られました。
秋は各種ベリーの季節です。訪れた9月下旬は山道のあちこちにブルーベリーの実がなっていました。ノルウェーでは誰でも自然から恵みを受けることが権利として認められています。このため、他人の土地であっても自由に天然ベリーをつむことができます。
池のそばで、たき火をしました。カモの仲間が静かに泳いでいます。シラカバの樹皮には油分が多く含まれているため、少し削って粉状にすると、火花を散らすだけで火を起こすことができました。周囲の草木を集めてお茶を入れます。この味には3人もびっくり。さわやかなハーブのような味がしました。
野崎さんは「自然をうまく楽しんでいるなと感じました」。
面積:38万6千平方㌔(日本とほぼ同じ)
人口:約516万人
首都:オスロ
立憲君主制。水産資源に恵まれ、海岸はフィヨルド地形。北海油田があり世界有数の原油輸出国。加工産業(アルミニウム、シリコーン、化学肥料など)、水産業も盛んで、日本にはサーモン、サバ、ニシンなどを輸出。EUには加盟していない。ノーベル賞のうち、平和賞だけはノルウェーの委員会が決め、毎年12月にオスロで授賞式がある。
記事の一部は朝日新聞社の提供です。