朝日中高生新聞
  • 日曜日発行/20~24ページ
  • 月ぎめ967(税込み)

1面の記事から

命を飼う、守る、考える

2020年7月19日付

 日本では1年間に犬が約7700匹、猫が約3万匹、殺処分されています(2018年度)。環境省は「殺処分ゼロ」を掲げ、行政や民間の保護団体が活動しています。一方で「殺処分ゼロ」という目標による弊害が出ていることも指摘されています。動物福祉の現場や専門家を取材しました。(近藤理恵)

神奈川県動物愛護センター(平塚市)

地道に啓発 殺処分ゼロに

 畑に囲まれ、のどかな場所にある神奈川県動物愛護センター(ひらつか市)。手術室や処置室のほか、室内と屋上に犬を自由に放せるスペースや、動物たちを洗ったりするグルーミング室があります。一般の人も見学ができ、犬や猫とふれあえる部屋も用意されています。動物が保護されている部屋は、清潔さが保たれ、光が差し込むなどして明るい印象です。
 センターは、飼い主がさまざまな事情から飼えなくなったり、迷子になっていたりした犬や猫などを保護しています。課長のかみじょうこうさんによると、1972年の開所後、初期には最多で年間犬2万匹、猫1万3千匹を収容。そのほとんどを処分していたそうです。獣医師でもある上條さんは、殺処分していた時代を「とてもつらかった」と振り返ります。
 殺処分を減らすために譲渡会を開いたり、新しい飼い主が育てやすくするために犬をしつけたりする事業を地道に続けてきました。その結果、横浜市、川崎市、よこ市を除き、2013年度に犬の殺処分がゼロになりました。14年度には猫の殺処分もゼロになり、その後、どちらもゼロが続いています。
 19年に建て替えた際は「動物を処分するための施設」から「生かすための施設」へと機能を転換しました。殺処分設備をなくし、保護された動物のけがや病気の治療もしています。
 県民への譲渡数も増えていますが、安易に譲渡はしていません。「新しい飼い主を希望する方には講習会を受けてもらったり、個別の面接を行ったりします。責任を持って飼えるかどうか、しっかり見極めています」

保護されている猫の画像
民間の保護団体「東京わんにゃんシェルター&アダプション」で保護されている猫=13日、東京都中央区

保護されている犬の画像
神奈川県動物愛護センターで保護されている犬。人なつっこい様子で、記者が近付くとしっぽを振りました=6月、神奈川県平塚市

一つの部屋に5匹の猫がいる画像
猫の部屋は14あり、現在は1部屋に5匹ほどがいます。相性を見て、部屋割りをしています

犬を自由に放せる屋内スペースで運動する犬の画像
屋内に犬を自由に放せるスペースがあり、天候が悪い時でも運動させることができます=どちらも6月、神奈川県平塚市

ボランティアが活躍 新しい家族のもとへ

 神奈川県動物愛護センター(ひらつか市)の「殺処分ゼロ」を支えるのはボランティアです。審査の上、登録された保護団体は、センターから犬や猫を引き取って、新しい飼い主を探したり、一時的に預かったりします。県の獣医師会とも協力し、経験豊富な獣医師に治療方針の助言を求めるなどしています。
 プロのトリマー(動物の美容師)もボランティアとしてやってきます。その一人、おけしんさん(23)は「きれいになってもらい、新しい家族が見つかる手助けをしたい」と話します。
 全国的にも、犬と猫の殺処分の数は年々減っています=グラフ参照。しかし、いまだに勝手な都合で飼育を放棄する飼い主もいます。「神奈川県動物愛護センターなら殺処分されない」と県外から持ち込もうとする人もいるそうです。
 センターのかみじょうこうさんは取材中、こんなことをぽつりと言いました。「現状は殺処分ゼロといっても、本来は家庭で飼われることが一番。将来的に、こうした施設はなくなってほしいのです」

 2019年度に神奈川県動物愛護センターが保護した数は犬319匹、猫443匹。うち犬43匹、猫60匹が県民に譲渡され、犬95匹、猫281匹をボランティア団体が引き取りました。殺処分のゼロは犬が7年連続、猫は6年連続です。

全国の犬、猫の殺処分数を示したグラフ
環境省の資料から

センターの職員と獣医師が話しあっている画像
センターの職員と獣医師会の医師らが、保護された犬の今後の治療方針を話し合っていました

ボランティアに来るトリマーの画像
2年ほど前から、月に1、2回ボランティアに来ているトリマーの桶田さん=どちらも6月、神奈川県平塚市

東京わんにゃんシェルター&アダプション(中央区)

狭い、汚い…無責任な現場から救出

 犬や猫の命を守る上で、民間の保護団体が大きな役割を果たしています。「東京わんにゃんシェルター&アダプション」(東京都中央区)もその一つ。各地の保健所から救出されたり、多数の犬や猫を飼い、その結果、数のコントロールができず飼育できなくなってしまう「多頭飼育崩壊」の現場などから保護されたりした犬や猫に、新しい家族を見つけるための保護シェルターを運営しています。常時、犬20~30匹、猫10匹ほどを保護しています。
 代表を務めるおおさんは、狭いケージの中に一日中入れられ、糞や尿の始末もされない繁殖現場や、家中が糞や尿だらけの多頭飼育崩壊の現場などを見てきました。「死体がそのまま放置されていることも。本当にひどい現場がたくさんありました」
 一方で、保護されたからといっても安心できないといいます。「殺処分ゼロを目指すばかり、無責任な人たちが動物を受け入れていることがあります。個人で活動する人の中には、保健所からレスキューして、新しい飼い主をネットで募る人もいます」。ネットだけのやりとりで簡単に渡してしまい、その人が責任を持って飼えるかを見極めず、その結果、譲渡先で多頭飼育崩壊が起きていることがあるそうです。
 6月には、京都府で動物保護ボランティアをしているという50代の女性の住宅から、数十匹の犬や猫の死体が見つかる事件がありました。女性は、行き場のない動物を引き取ってくれることから「神様」とも呼ばれていたそうです。
 大野さんは「家の中を確認しないまま譲渡してしまうのは非常に危険。簡単に引き渡すことはやめてほしい」と訴えます。
 「一匹でも多くの命を救いたいのは私も同じ。シェルターにいる動物たちの福祉を守るため、引き取れない時もあります。『救ってあげられなくてごめんね』という気持ちを持って活動を続けています」

 ドッグランで犬と遊ぶ大野さんの画像
シェルター内にあるドッグランで、犬と遊ぶ大野さん(中央)=13日、東京都中央区

命は救えても動物は幸せ?

 環境省は2013年、「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」を立ち上げ、犬・猫の「殺処分ゼロ」を目指すと発表しました。一方で、専門家は「殺処分ゼロという言葉が一人歩きし、弊害が出ている」と指摘します。

加隈良枝さん 帝京科学大学准教授
加隈良枝さんの画像
保護施設にずっと収容…

 動物の福祉に詳しい帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科の准教授、くまよしさんは「殺処分がゼロになった自治体でも、実際には保護した動物をボランティア団体に譲渡していることが多くある。民間の保護団体の中には、動物の命を救おうと、収容できるだけ収容し、『飼育崩壊』を起こしてしまうケースもあります」と話します。
 さらに、引き取り手が見つからず、保護団体に長期的に混み合ったスペースで、十分な世話を受けられずに保護されている例もあります。
 「家庭で飼われず、施設にずっといることが犬や猫にとって本当に幸せなのか、考えなければならないと思います」

田中亜紀さん 日本獣医生命科学大学講師
病気や虐待で別の問題も

 日本獣医生命科学大学の講師、なかさんは「殺処分ゼロという目標を掲げて、その言葉が一人歩きすることは良くない」と話します。田中さんは、シェルター(保護施設)にいる動物の幸せを考える学問を研究しています。「シェルターメディスン」といい、動物の福祉と公衆衛生を守る獣医学の分野でもあります。
 「攻撃性の高い個体や、じゅうとくな感染症を持っている個体は、ペットとして譲渡することには向いていません。その結果、保護施設のケージで長年暮らしたり、病気で苦しんだり、ほかの動物に感染症をうつしたりすることは、動物の福祉と公衆衛生という側面から考えると、場合によっては安楽死が必要です」。飼育放棄したい飼い主からの引き取りを拒否する行政については「かえってその動物が虐待されたり、放置されたりする危険性が高まる」と指摘します。


 動物の幸せのために、私たちにはどんなことができるのでしょう。「犬や猫を虐待している人を見つけたら、行政に報告したり、相談したりして。動物虐待という犯罪を見過ごさない社会を作っていく必要があります」と田中さん。
 犬や猫をペットショップで購入する人も多くいるでしょう。加隈さんは「中には悪質なペットショップもあります。私たち消費者が賢くなって、そういうところからは買わないことが大切です。そして、ペットショップで一目惚れしても、すぐに買うのではなく、犬種の特性などをよく調べ、考えてください」と話します。

関連記事

最新の記事

    記事の一部は朝日新聞社の提供です。

    • 朝学ギフト

    トップへ戻る