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2020年6月21日付
米国で5月下旬、白人の警察官が黒人男性を死なせた事件を機に、人種差別に抗議する動きが全米各地に広がっています。背景には、米国で黒人を不当に扱ってきた歴史があります。専門家は「400年前から続く差別の構造を変えようとする動き」と見ています。(中塚慧)
事件は5月25日、米国のミネソタ州ミネアポリスで起こりました。黒人男性のジョージ・フロイドさん(46)は、白人の警察官に路上で首を約9分間、押さえつけられて亡くなりました。
今月12日には、ジョージア州アトランタで、黒人男性が警察官ともみ合いになった末に撃たれて死亡する事件もあり、警察に対する批判はさらに高まっています。
抗議デモの直接のきっかけはフロイドさんの死ですが、この動きは2013年ごろから続く「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」運動と呼ばれます。
「人々の怒りが収まらないのは、警察の黒人への暴力がいつまでもなくならないから」と、米国の歴史を研究する立命館大学の坂下史子教授は指摘します。3月にも、家で寝ていた黒人女性が警察官に射殺されるなど、警察暴力の犠牲になる事件が続いています。
もう一つ、人々が怒っている理由に「新型コロナウイルスで白人との格差が、改めてはっきりしたこと」があります。黒人の人口は白人の約5分の1です。一方で、新型コロナでの死亡率は、白人よりも黒人やヒスパニックなどマイノリティー(少数者)の方が高いことがわかりました。「バスの運転手やスーパーの店員など『ステイホーム』できない仕事をして、人の密集する貧しい地域に住み、医療保険に入れず病院に行けない人が多いのです」
坂下さんは「人々は、警察の暴力や格差は長く続く人種差別の構造が問題だとして、それを変えるために声を上げている」と言います。
抗議デモが拡大する中、米国社会の具体的な変化も見えつつあります。これまで、黒人が警察の暴力で亡くなった事件では、不起訴になることがほとんどでした。一方、フロイドさんの事件に関わった警察官4人はすぐに解雇され、起訴されました。ミネアポリスの教育委員会は、公立学校で市警察との警備の契約を終了すると発表。市議会のメンバーは、市警を解散させた上で新しい治安維持モデルを導入すると表明しました。
ニューヨークも市警察の予算の一部を削り、若者や社会福祉のために使う方針です。いずれも、警察のあり方を変えようという、抗議デモでの訴えにつながる動きです。坂下さんは「デモの訴えが早くも形になりつつあるのは、これまでにないこと」と話します。
片ひざをつき、抗議する若者たち。デモには白人も多く参加しています=8日、米ニューヨーク
(C)朝日新聞社
今、抗議している人たちが変えようとしている「差別の構造」は、米国が1776年に独立宣言する前から始まっています。アフリカから黒人を連れてきて、農作業などでただ働きさせる「奴隷制」がありました。
流れを変えたのは、奴隷制に反対したリンカーン大統領です。奴隷制を残したい南部の州が北部の州と対立して、「南北戦争」が起こります。北部を指揮したリンカーンは1863年に奴隷解放宣言をし、戦争は北部が勝利しました。
奴隷制がなくなっても、差別の構造は残りました。「人種隔離」といって、バスの座席やレストランなどが「白人用」「黒人用」に分けられたのです。
1955年、アラバマ州モンゴメリーで15歳の黒人女性、クローデット・コルビンさんがバスの座席を白人に譲らず、逮捕されました。同じ年には黒人女性のローザ・パークスさんも同様に逮捕され、黒人らはバス乗車をボイコットします。この運動を引っ張ったのが、黒人のマーティン・ルーサー・キング牧師でした。
キング牧師は奴隷解放宣言100周年にあたる1963年、首都ワシントンでの演説で、100年たっても黒人の置かれた不平等な状況が変わっていないと指摘。「I have a dream.(私には夢がある)」と、黒人が白人と平等に暮らす社会の実現を訴えました。この運動の成果として翌年、人種差別を禁止する公民権法ができました。
しかし1980年代には、これまでの差別の構造が作り出した偏見と政策により、多くの黒人が犯罪者と疑われて逮捕されるように。「今でも黒人は、刑務所に入れられる確率が白人よりずっと高く、刑期が長くなることも多い。働き手を失った黒人家庭はますます貧しくなり、格差が広がっています」と立命館大学の坂下史子教授。
2009年にオバマさんが「黒人初」の大統領に就任。黒人だけでなく、移民や同性愛者などのマイノリティーにも優しい社会を作ろうとしました。しかし、今のトランプ大統領は「白人が一番優れている」と考える白人至上主義者たちをかばうことが多く、米国社会の分断は深まっているといいます。
抗議デモは、日本を含む世界各地に広がりました。関西に住む外国人らのグループが7日に大阪市で行った「平和的な行進」には約2千人が集結。「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」と声を上げて、市の中心部を歩きました。
新関諒さん(兵庫・高2)は、英国に留学した経験から「日本はもっと多様な文化を受け入れるべき」と、参加しました。「黒人に限らず、あらゆる『差別』がある。違う背景の人と手を取り合って生きていける社会にしていきたい」
米国テネシー州出身で大阪市在住のタンブリン・ジョーンズさん(43)は、米国で警察の暴力によって命を落とした何人もの黒人の名前を書いたボードを手に、歩きました。
フロイドさんの死を知った時は「またか、と怒りでいっぱいだった」と言うジョーンズさん。「なぜ『黒人の命は大切』と訴えるかというと、私たちの命が軽んじられてきたからです」
米国では、店で買い物をしても、黒人というだけで物を盗まないかと店員にあとを追われることもありました。「もちろん大好きな白人の友達はたくさんいる。でも、奴隷制から続く差別意識は、社会に根強く残っています」
7年前に来日してからも、嫌な思いをしたことがあります。楽器が好きなジョーンズさんが尺八の音にひかれ、買い求めた時のこと。お店の人から「日本の伝統的な楽器なので外国人には売れない」と説明されました。
「私は、こけしなど日本の文化が大好き。文化や歴史を知ることで理解が深まると信じています」
ジョーンズさんは、日本の中高生に向けて「みなさんの世代がラッキーなのは、SNSというツールがあること」と語ります。フロイドさんの死も、通りがかった人が撮影した動画がSNSで広まりました。
「30年前だったら、この事件が世界で報道されたかはわかりません。SNSで世界中の同じ思いの人とも、違う文化や価値観の人とも瞬時につながれる。使い方に気をつけなければいけませんが、社会を変えていく力がきっとありますよ」
記事の一部は朝日新聞社の提供です。