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2019年11月17日付
みなさんは将来、どんな仕事に就きたいと思っていますか。「労働」は、社会の経済成長を支える大事な活動であると同時に、自己実現を図る手段ともなりえます。
2030年までに解決すべき課題として、国連が掲げる全世界の共通目標「SDGs(持続可能な開発目標)」。その一つに「8.働きがいも経済成長も」という目標があります。近い将来、働き手となる中高生は今、どんなことを考えたり、大切にしたりすることで、この目標を達成することができるのでしょうか。
新しいビジネスモデルに取り組む企業や、日本の社会を取り巻く労働問題について考えます。(近藤理恵)
世界には貧困や差別、環境問題など、さまざまな課題があります。NPOなどの非営利団体やボランティアの活動が役割を果たす一方、ビジネスとは縁遠い分野でもありました。そうした中で生まれたのが、ビジネスを通して社会問題の解決を目指す「ソーシャルビジネス」です。
起業は借金などのリスクがつきもので、簡単なことではありません。「ボーダレス・ジャパン」は起業家を資金や人材、ノウハウの面から支援することで、世界の課題を解決しようとしています。2007年に創業し、現在、世界11カ国で30の事業を展開。グループ会社制で、それぞれ独立した法人です。18年度のグループ全体の売り上げは約49億円で、総従業員数は1千人を超えます。
さまざまな革製品を取り扱う「UNROOF」もグループ会社の一つです。東京都東村山市の住宅街にある工場で長財布や二つ折り財布、名刺入れなどを作り、ウェブ上で販売しています。注文を受けてから作る「完全オーダー制」で、消費者は革やファスナーの色などを選べます。
UNROOFが取り組む課題は「障がい者の雇用」。工場には8人の革職人がいますが、うち4人は発達障がいや精神障がいがあります。代表取締役の高橋亮彦さん(32)は「障がいの特性から苦手なことがあっても、最初からそれを排除せず、自分で考え、工夫してもらいます」。
障がい者は「失敗したら怒られた」という経験が多いため、小さなことでも、挑戦するのをためらう傾向にあるそうです。「失敗してもいいから、まずは取り組んでもらいます。手順書も、それぞれの人に適したものとなるように、文字で覚えられないなら写真にした方がいいのか、などと考えています」
従業員からは「失敗してもいいと思える環境で働きやすい」「自分をそのまま受け入れてくれている感じがする」との声が聞かれるそうです。
高橋さんは18歳の時に交通事故で下半身不随となり、車いすでの生活を余儀なくされました。事故の後、早稲田大学に進みましたが、就職活動を始めると「障がい者雇用枠」で採用試験を受ける他に選択肢がほとんどない現実にぶつかります。「障がい者と健常者の間にある『壁』を強く感じました」と振り返ります。
「日本で障がい者が感じる生きにくさを解決したい」と考え、14年にボーダレス・ジャパンに入社。グループ会社の一つで、革製品を扱う「JOGGO」に携わりました。アジア最貧国の一つ、バングラデシュでの雇用問題を解決しようと始まった事業です。現地に工場を構え、世界に通用する革職人の育成を目指します。
高橋さんは「障がい者を社会保障の受給者から納税者に変えたい」との思いから、国内にJOGGOの工場を作り、障がい者雇用に乗り出しました。17年にJOGGOの代表取締役社長に就任。障がい者雇用に特化した事業を行うため今年1月、UNROOFを立ち上げました。
「日本ではそもそも障がい者に対し、自分の目指す成長目標に合わせた働き方の選択肢がない」と高橋さん。UNROOFは障がい者が働く「実践の場」です。「僕らは障がい者と健常者は同じ働き方ができるということを示しています。接客業でも農業でも、まったくちがう他の企業でもどんどんまねして、取り入れてほしいと思います」
【障がい者雇用枠】
障がいがある人は、一般的な就労形態の求人を利用しても働く機会を十分に得られない場合があるため、企業や自治体などが用意している採用枠です。障害者雇用促進法に基づきます。2018年から精神障がい者も対象となり、身体障がい者と知的障がい者も含め、すべての障がい者が対象となりました。
従業員が一定数以上いる事業主は、従業員に占める障がい者の割合を「法定雇用率」以上にするよう義務づけられています。民間企業の場合は2.2%です。
「精神・発達障がい者が活躍する職場をつくる」ことを目標に掲げるUNROOFの工場。ガラス張りで日差しが差し込み、明るい雰囲気です=1日、東京都東村山市
UNROOFの製品を手にする高橋さん。質のいい革を使ったシンプルなデザインで、性別や年齢を問わず持つことができます=1日、東京都東村山市
「働く」を考えた時、どんな自分をイメージしますか。「まだ先のことでわからない」と思う人もいるでしょう。大学受験の際、将来の仕事を考えて学部を選ぶ人もいるかもしれません。「夢」や「好きなこと」を仕事にできるのか――。そんな素朴な疑問を、若者の労働にくわしい千葉商科大学専任講師の常見陽平さんに投げかけました。
小さい頃になりたかった仕事に就ける人は一握りです。そこで、僕は「夢を上書きする能力」が大切だと思っています。
例えば、野球が好きで野球選手になりたかったとしても、実際にかなえることは難しいでしょう。そんな時は、自分が野球が好きな要素は何か、じっくり考えてみてください。特定の球団が好きだったり、スタジアムの熱狂する雰囲気が好きだったり、野球のゲーム性が好きだったり……。深掘りしていくと、野球以外の道で、その好きな要素を経験できる道が見つかるかもしれません。
「この人かっこいいな」と思う人をどんどん探してほしい。芸能人でも活動家でもYouTuberでも誰でもかまいません。刺激を受ける人がいると、自分のやりたいことを見つけるヒントになると思います。
加えて、多様な生き方を知ることも大切です。振り切った生き方をしている大人たちを知ると、自由な発想で、新しい道を切り開いていく力になるのではないでしょうか。
「夢」=「仕事」だけでもないと思います。仕事は夢をかなえるための手段です。世界平和が夢だっていい。その思いを実現するために、仕事をしたっていいんです。
大学受験では、無理に仕事と学部を結びつける必要はないと思っています。「得意なこと」から学部を選んだら、興味がぐっとわくでしょう。
長時間働かせたり違法に労働させたりする「ブラック企業」の問題も深刻です。時代が変わると、労働問題も変わってきます。また、「善悪」は、その時の社会によって作られることがあります。でも、それが間違いだということもあります。
だから、中高生のみなさんには「『自分』にとっての大切なこと」を考え続けてほしいと思います。安易に答えを出さず、その問いと向き合ってください。それはきっと将来働く上で大切な経験となるはずです。
常見陽平さん
(C)朝日新聞社
長時間労働や非正規雇用の増加、パワハラなど、日本にはさまざまな労働問題があります。若者の労働相談を受けるNPO法人POSSE代表の今野晴貴さんは「自分の健康を第一に働いてほしい」と話します。
契約社員、パートといった非正規社員は日本の雇用者の4割弱を占め、過去最高の水準にあります。非正規雇用の75%は、年収が200万円にも達していません。
非正規雇用が増えた背景には、企業が人件費を抑えようとしてきたことに加えて、1990年代の後半以降、自民党政権が企業の求めに応じて派遣労働などの規制緩和をすすめてきたこともあります。
長時間労働による過労死も後を絶ちません。過労死や過労自殺で労災と認定された人は2017年度では計190人で、横ばい状態が続きます。
上司など立場の強い人がその立場を利用して、相手に精神的、身体的苦痛を与える「パワーハラスメント」(パワハラ)も深刻な社会問題の一つです。厚生労働省によると、18年度にパワハラなど「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は前年度比14.9%増の8万2797件と、過去最高を記録しました。
今野さんは「長時間労働、賃金不払い、パワハラによる精神疾患はセットで相談されることが多い。それは、企業が安い賃金で長い時間働かせようとしていることが根底にあるからです」と指摘します。
長時間労働や低賃金、パワハラなど労働の問題に直面した時は「声をあげることが大切」と言います。アルバイトをしている高校生に、未成年という弱い立場を利用して、違法な労働をさせる場合もあります。「仕事を覚えるのが遅いから給料を下げる、シフトを勝手に変える、などの例があります。高校生でも、雇用主とは対等な立場であり、決して許されることではありません」
違法な労働をさせられた時、相談先となるのが、「ユニオン」(労働組合)です。「ブラックバイトユニオン」は学業に支障をきたす学生アルバイトの問題に取り組む団体で、アルバイト先との交渉をしてくれる場合もあります。「労働組合による団体交渉は、ブラック企業の抑制になる。声をあげることは簡単なことではありませんが、一人ひとりが法的措置を取ることで、労働問題が少なくなっていくはずです」
今野さんは「『自分の人生=会社』ではないと強く意識して」とも言います。
「身も心も健康に働くことが一番大切です。どんどんチャレンジするのはすばらしいことですが、どんな時も自分の健康の状態を考え、決して自分が壊れるほど働いたりはしないでください」
(C)朝日新聞社
「長時間労働をなくそう」などと訴えてデモ行進するメーデーの参加者=2018年5月1日、岐阜市
(C)朝日新聞社
今野晴貴さん
記事の一部は朝日新聞社の提供です。