朝日中高生新聞
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1面の記事から

2030SDGsで考える

2019年9月8日付

第6回「健康と福祉」
どこでもだれでも健やかに

 けがをしたり病気になったりしたら病院で診てもらう。水道の蛇口をひねれば、きれいな水が出て、清潔なトイレがいつでも使える――。
 日本では当たり前と思っているこんなことが、当たり前にできない国がたくさんあります。日本でも、地域によって医師の数に偏りがあり、すべての人に十分な医療サービスが行き渡っているとは言えません。
 「すべての人に健康と福祉を」。国連の掲げる「SDGsエスディージーズ(持続可能な開発目標)」の一つです。この目標に向けて、未来を担う中高生には何ができるでしょうか。途上国のボランティアに参加した高校生の体験や、紛争地などの医療ボランティアの現状、日本の医師不足対策について取り上げます。(中田美和子)

「3 すべての人に健康と福祉を」のアイコン

「6 安全な水とトイレを世界中に」のアイコン

「16 平和と公正をすべての人に」のアイコン

一緒に実践、衛生意識高める

 長野の高校3年生は昨年の夏、カンボジアで2週間、公衆衛生のボランティアに参加しました。医療や衛生環境の厳しさを体験するとともに、同世代に広く知ってもらいたいと思っています。「先進国日本に生まれた役割」を考え、行動につなげることが大事といいます。

茶色い水、傷や汚れそのまま…
途上国で見た実情
支援も知識も不足

 「水道の蛇口をひねると、桶に茶色い水がたまっていく。これが普通なんだと驚きました。途上国の話はいろいろ聞いていましたが、実際に見ると、改善すべき点は多いと感じました」
 高校生が参加したのは、プロジェクトアブロード(神奈川県横浜市)というボランティア団体のプログラムの一つです。主な活動場所は、首都プノンペンから約30分の場所にある小学校でした。
 健康状態をチェックするためにズボンの裾をたくし上げると、「日本の子はこんなだったかな?と思う脚の細さで。肉付きのいい子は全くいませんでした」。学校を午前で終えて、午後は農作業を手伝っている子も多いと聞きました。
 舗装されていない道をサンダルで駆け回り、転んでけがをしてもそのままという子もいます。傷口にたかるハエを追い払いながら消毒し、ばんそうこうを貼りました。爪や耳の中には真っ黒な汚れがこびりつき、なかなか落ちませんでした。
 プノンペンで見学した国立病院では、床にじかに横になって点滴を受けている患者がたくさんいました。お金が払えないためベッドが使えないのです。ICU(集中治療室)は仕切り扉などプライバシーを守るものがなく、外から見える状態でした。床には血痕もにじんでいました。
 高校生は「医療設備の整っていない途上国では病気の予防も大切。特に子どもたちとは、一緒に実践することで衛生への意識が高まる」と感じました。説明するだけでなく一緒に手洗いや歯磨きをすると、みんな楽しそうにやってくれました。
 泥や虫で汚れたトイレをそうじすると、着ていた服や靴についたにおいが取れなくなるような状態でした。子どもたち自身が毎日、当番を決めてそうじできるように指導すれば、衛生状態がよくなるのではと思いました。
 「求められるものは国によって異なる。現場で住民の声に耳を傾け、本当に必要とされる支援を持続的に行うことが大事だと思います。また、支援がなくなっても自立できる技術を伝えることも必要だと思います」

SNSで経験発信
意識持てば変わる

 高校生は「助けを求める声があれば、どんなところでも率先していける医師になりたい」という目標を持っています。小学3年生のときに起きた東日本大震災で、物資も体制も限られた中で救助をする姿に尊敬とあこがれを抱いたからです。目標への第一歩として、厳しい環境での暮らしと医療の実情を知ろうと、プログラムに参加しました。
 カンボジアでは、子どもたちの笑顔や人なつっこさに心をつかまれました。今は小児科医を目指して勉強中です。一方で、子どもの場合は、教育を通じて将来に希望を持てる「心の健康」も大事だと考えています。
 「感覚で理解するのと、行って実際に見るのとは全く違う」と言います。経験を共有してもらおうと、インスタグラムなどSNSで毎日発信しました。「リアルタイムの動画や写真は伝わりやすい」と手ごたえを感じました。
 「途上国について少しでも意識し、それを活動につなげることで世界は変わる」と斉藤さん。秘境に暮らす日本人を紹介するテレビ番組、はやりのタピオカの原産地など、興味を広げるきっかけは身近にあります。海外旅行は「観光+ボランティア」の形が増えたらいいと考えています。
 「先進国日本に生まれた私たちの役割として、世界には恵まれない状況にある人たちがいることを知り、自分も何かできないかと考える。それが国際協力につながり、SDGsエスディージーズの『すべての人に健康と福祉を』の達成にもつながるのではないでしょうか」

【カンボジア】
 面積は日本の半分弱、人口は約1億6千万人。1970年代、極端な思想のポル・ポト政権の下で、約170万人が虐殺などで亡くなったとされる。多くの医師が殺され、医療も崩壊した。UNICEF(国連児童基金)の2016年調べでは、5歳未満の子どもが死亡する割合は1千人中31人。日本は同3人。

カンボジア周辺の地図

国境なき医師団
中立掲げ、多様な問題抱える地へ

 貧困、災害、政情不安など、医療をはばむ原因はさまざまです。国際的に活動する「国境なき医師団」(MSF)の日本事務局で、活動先や内容を聞きました。
 MSFは、緊急の医療援助を必要とする場所に医師や看護師などを派遣します。政治や宗教などに関係なく、中立を掲げる非営利の団体です。世界38カ所に事務局があります。2018年に派遣したスタッフは延べ3800人。活動先は75の国と地域に及びます。活動費の規模が大きい国は左の表の通りです。
 難民キャンプ、紛争地、食糧危機、病院や薬がない、感染症、自然災害など、活動地の状況は多様です。しかし、コンゴ民主共和国、南スーダン、中央アフリカ共和国は、自然災害を除き、これらの問題をすべて慢性的に抱え、長年上位を占めます。
 中東の上位2国は近年、紛争が長引く中で次々と問題が出てきました。イエメンでは15年から続く内戦でお金の価値が急激に下がり、食料が買えない人が増えました。栄養失調で体力が衰えていたところに不衛生な生活用水が引かれたため、17年にコレラが大流行しました。
 シリアでは、政府から正式な活動許可が下りていません。国境なき医師団は、中立の立場から反政府勢力にも支援するからです。活動は現地の人々と交渉し、理解を得て始めます。それでも対立に巻き込まれ、病院が襲撃されることがあります。
 国境なき医師団日本には、医師や看護師、事務スタッフなど約300人がボランティア候補として登録しています。18年は延べ148人が現地に派遣されました。「日本で集まる寄付は約85億円と少なくない。人的貢献度はもう少し増やしたいが、日本の社会全体がボランティアを支える体制になっていかないと難しい」と広報部のたちしゅんぺいさんは話しています。

国境なき医師団の活動費が多い国

1位 コンゴ民主共和国
2位 南スーダン
3位 イエメン
4位 中央アフリカ共和国
5位 シリア
6位 イラク
7位 ナイジェリア
8位 バングラデシュ
9位 アフガニスタン
10位 ニジェール

日本の医師偏在 本格的な対策へ

 いつでもどこでも十分な医療が受けられるかというと、日本でも問題はあります。都道府県によって医師の数に大きな偏りがあるためです。地元の高校生に大学医学部入学の特別枠を設けるなど、2020年度から本格的な対策が始まります。

医学部に「地域枠」 医師志望者に期待

 医師の不足を解消するために、全国の大学医学部の定員は08年度から臨時増員が続きました。18年度の定員は計9419人です。全国的には医師の数は増え、厚生労働省は10年後には必要な医師の数が確保できるとしています。
 しかし、16年に人口10万人あたりの医師数を調べると、最多の徳島県(約316人)と最少の埼玉県(約160人)では2倍近い開きがありました。そこで、医師の必要度をより正確につかむため、人口構成や必要とされる医療サービス、医師の年齢や平均労働時間などを加えて、新しい指標を作成しました。
 今年2月、厚生労働省はこの指標に基づき、都道府県別の医師の偏りを三つに分類しました=図参照。上位3分の1の16都府県を「医師多数」、下位3分の1の16県を「医師少数」としています。少数県は東北地方に多くみられますが、埼玉県や千葉県など首都圏も含まれています。
 都道府県は解消のための対策を現在検討しています。一つの案は医学部の入試で特別枠を充実させることです。卒業後に医師不足の地域で一定期間働くことを条件にした「地域枠」や、地元出身者を対象にした枠です。医師少数県の知事が大学に設置や増員を求められるようにします。20年度にスタートします。

埼玉、各所が協力
奨学金で効果

 16年には人口あたりの医師数が全国最下位で、今回も「医師少数」で5位に入った埼玉県。06年から10年間で医師の数は約2割増え、増加率では上位です。それでも地域による偏りや、小児科や産科など特定の科の医師不足は解消されていません。13年に県や医師会、医療機関、大学が協力して医師を確保するための機関を立ち上げました。
 中でも効果を上げているのが、医学部の学生への奨学金制度です。将来、県内の特定の地域や診療科で、医師として働くことを条件に支給します。埼玉県出身で県外の大学に入る学生のほか、出身地を問わず埼玉医科大学など県が指定する3校に入学する学生も対象です。
 これまで制度を利用した人は県出身者枠、指定大学枠それぞれ130人ほどです。この制度で卒業後、今年度までに県内で働き始めた医師は30人。今後も卒業生が増えていき、30年には403人が確保できる予定だといいます。
 また、医師を目指す高校1、2年生を対象に、病院の見学や医療体験、医師と話す会なども開いています。6年間で延べ700人あまりが参加しました。今年も11月に開く予定です。

都道府県別の医師数の偏りに関する図
厚生労働省の資料から

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