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2019年1月20日付
今年は、米国のアポロ計画で人類が初めて月面に着陸して50年。世界中で宇宙開発が進み、近年は各国が協力して探査を進めています。今月3日には中国の無人探査機が世界で初めて月の裏側に着陸しました。人類と月の「歴史と未来」を考えます。(浴野朝香、猪野元健、寺村貴彰)
月探査機の開発をめぐり、1950年代から国際的な競争が繰り広げられてきました。
「人間の小さな一歩だが、人類にとって大いなる飛躍だ」。1969年7月、米国の探査機アポロ11号から月面に降り立ったニール・アームストロング船長は、こう話しました。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の国際宇宙探査センター長、佐々木宏さんは当時、小学1年生。「学校から帰ってテレビで見ました。ただ、映像が白黒だったので、あまりよくわからなかったというのが正直なところです」
アームストロング船長の言葉通り、その後、さまざまな国が月探査に挑むようになります。90年以降、米国や日本、欧州の国々が月の起源の謎に迫ろうと、探査機で月の周囲を回りながら観測。技術の発達に伴い、たくさんのデータが取れるようになりました。
「アポロ以来の大規模探査」と言われたのが、2007年に打ち上げられた日本の探査機「かぐや」。月全体の立体画像を世界で初めてとらえ、月の地下に長さ50キロの空洞があることなどを明らかにしました。
なぜ人々は月を調べるのでしょうか。佐々木さんは「月を知ることは、地球を知ることにつながるからでは」と話します。月の誕生は地球と同様、約45億年前であることがわかっています。できあがったばかりの地球に星がぶつかり、散らばった地球のかけらが集まって月ができたという説が現在、有力だからです。
佐々木さんによると、月の裏側には十数億年前の地球の状態が残っており、裏側を調べることで地球の起源に迫ることができるかもしれません。
中国は3日、誰も行ったことがない月の裏側に、無人月探査機「嫦娥4号」の着陸を成功させました。嫦娥4号の探査車は周辺を走行し、地形や埋蔵されている鉱物などを詳しく調べる予定です。
月探査は国際協力が基本ですが、日本はどんなことができるのでしょうか。佐々木さんは「基本となる技術を担当し、その技術を地球でも使えるようにしたい」と話します。たとえば月面で農業の技術が開発できれば、地球の砂漠でも野菜が育つ可能性があります。
月の調査が進み、さまざまな技術が開発されると、みなさんが気軽に月旅行できる日が来るかもしれません。ファッション通販サイトを運営する「ZOZO」社長の前沢友作さんは早ければ23年、米国の大型ロケットで月の周回旅行をする計画です。
佐々木さんは「将来、ドームで空気が確保された街に、地球と同じような都市ができると楽しいですね」と話しています。
宇宙開発をさらに進めようと、国内外の民間の会社がさまざまな挑戦をしています。「ispace」(東京都)は、独自に開発した無人の探査機を月面に着陸させる計画です。2021年の着陸を予定していて、成功すれば民間では世界初となります。プロジェクトについて、同社広報担当の秋元衆平さんに聞きました。
Q アイスペースの宇宙開発の目標は?
A 一番のゴールは、人間が宇宙で暮らせる社会をつくることです。そのためのステップとして、月探査があります。地球から火星に行くには半年はかかりますが、月なら1週間ほどで行けます。宇宙で暮らすための実験場としても、地球から近い月がふさわしいと考えました。
Q 月で何をするのでしょうか。
A 人間が月で豊かに暮らすためには、水が必要です。水があれば、他の生命がいるかもしれません。また、水を水素と酸素に分解すると、ロケットの燃料として活用できます。(1990年代に)米航空宇宙局(NASA)の衛星による調査で月に水資源がある可能性が高くなり、2018年8月に米国の大学などの研究で「水は存在する」と確認されました。
Q 具体的には、どんな計画ですか。
A プロジェクト名を「HAKUTO―R」と名付けました。20年には米国の会社「スペースX」のロケットでランダー(月着陸船)を打ち上げ、月の周回軌道に投入する実験をします。21年に別の着陸船を打ち上げて月面に着陸させ、ローバーと呼ばれる探査車2台を走らせます。その後、水がどこに、どれだけあるのかなどを段階的に調べ、30年には飲料水や燃料として活用できるかを試していきたいと考えています。
Q アイスペースは、18年3月末まで開かれていた月面探査レースに「チームHAKUTO」として参加し、4輪の探査車の研究を進めてきました。月面着陸をめざす着陸船も開発するそうですが、課題は何ですか。
A 宇宙の航行では、現在地を示すため車のカーナビなどに利用されているGPS(全地球測位システム)は使えません。着陸船のカメラがとらえる画像や、地球や月との距離などの情報をもとに宇宙での位置を確認し、航行しなければなりません。ほかにも姿勢のコントロール、通信、エンジン、着陸などの機能を搭載したうえで費用を抑えることが難しい点です。
Q 水を探す以外の活動もありますか。
A 月の開発を進めるNASAの荷物を、地球から月へ届ける仕事も計画しています。月探査に必要な機器や、実験装置を運ぶ役割です。
Q 月にあこがれる中高生に伝えたいことは。
A 月に行くことは夢だと考えている人が多いと思います。でも、私たちは現実にできると信じてチャレンジしています。みなさんには、いろいろな困難があっても世の役に立つなら、失敗してもいいから挑戦してもらいたい。私たちもこの挑戦をやり切ります。
地球の周りを回っている衛星。地球の周りを1回公転する間に、1回自転する。月と地球と太陽の位置によって、満月、三日月など地球からの見え方が変わる。
地球からの距離 約38万キロ
大きさ 直径約3476キロ(地球の約4分の1)
質量 地球の81分の1
公転周期・自転周期 どちらも約27.32日。周期が同じため、地球からは常に同じ面(月の表側)しか見えない
環境 月の重力は地球の約6分の1。大気がほとんどないため、昼夜の温度差が赤道付近では約300度と、非常に大きくなる。
(C)朝日新聞社
1950年代 月に人を送ろうと、米国とソ連(今のロシア)が月探査機の開発を競い合う時代
59年 ソ連の無人探査機「ルナ2号」が9月、月面に衝突。地球以外の天体に届いた初めての探査機になった。1カ月後にルナ3号を打ち上げ、初めて月の裏側の写真撮影に成功
60年代 ソ連に後れをとった米国は、月探査計画の立て直しをはかる。多くの無人探査機を打ち上げ、有人探査のアポロ計画に引き継がれる
69年 米国の探査機「アポロ11号」が人類初めての月面着陸に成功。世界中がかたずをのんで見守った。11号から72年の17号まで、爆発事故があった13号を除く6機の計12人が月に降り立った
90年 本格的な実験をめざし、日本初の科学衛星「ひてん」が打ち上げられた。日本は月の軌道についた3カ国目となった
94年 米国の探査機「クレメンタイン」が打ち上げられた。観測から、大量の水や氷がある可能性を初めてとらえた
2007年 日本は探査機「かぐや」を打ち上げ、約1年半にわたって月の地形や地下構造、元素の割合などを調べた
07年 世界初の月面探査レースが発表される。民間の力だけで探査車をつくり、月面を走らせる内容。
18年3月、勝者のないまま終了
08年 インドの探査衛星「チャンドラヤーン1号」が打ち上げに成功。月の軌道に入った4番目の国に
13年 中国の「嫦娥3号」がアポロ以来37年ぶりの着陸に成功。日本は着陸で先を越される
19年1月 中国の無人月探査機「嫦娥4号」が3日、世界で初めて月の裏側に着陸
20年~ 各国が無人の探査車などを使った土の採取を計画中
通常国会のさなか、人類が初めて月に立つ瞬間をテレビで見る議員たち=1969年7月
(C)朝日新聞社
月探査機「かぐや」を載せて打ち上げられたH2Aロケット=2007年9月
(C)朝日新聞社
秋元衆平さん
記事の一部は朝日新聞社の提供です。