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2018年4月29日付
日本国憲法の施行から今年で71年。今、憲法改正の議論が自民党で進んでいますが、わかりづらいと感じる人も多いのではないでしょうか。5月3日の憲法記念日を前に、憲法ができた経緯や改憲議論について、若手憲法学者の木村草太さんに朝中高特派員の長山将也さん(東京都立青山高校1年)と室岡鞠亜さん(神奈川・聖セシリア女子中学2年)が聞きました。絶妙なたとえをつかった木村さんの解説に注目です。(畑山敦子)
Q(特派員の質問) 憲法を書いたのはだれですか。
A(木村さんの答え) 日本は、国のあり方を最終的に決めるのは、国王でも、天皇でも官僚でもなく、国民であるという「国民主権」という考えで国をつくっています。憲法は国民の意思を示したものであるから、今の憲法を書いたのは国民ということになります。
Q 権力をしばるという憲法の考えは、いつ始まりましたか。
A 憲法には、国を成り立たせるルールという意味と、戦争や人権侵害や独裁を繰り返さないための国のルールという二つの意味があります。国という権力をしばる憲法は「立憲主義」という考えに基づいていますが、特に重要になったのは、近代になってからです。
Q 子どもの権利はどう扱われていますか。
A 児童酷使の禁止や義務教育を受けさせる義務など子どもだけに適用される権利もありますが、憲法で保障する権利のほとんどは子どもにも保障されています。例外は選挙権(18歳以上)です。
Q 憲法が国民に伝えていることは何ですか。
A 権利を行使する時は、がまんしないでくださいということです。信教の自由も生存権も、憲法に保障される権利を使う場面になったら遠慮なく使うのが、自分のためにも他の人のためにもなります。
Q 自民党は3月に憲法改正の4項目の議論をまとめました=メモ参照。その中の教育無償化のメリットは何ですか。
A あまり裕福でない家庭でも大学に行けるようになるとされています。もともと日本維新の会が提案したことです。
憲法改正を国民に提案するには国会で3分の2以上の賛成が必要で、現勢力では維新がいないと3分の2になりません。安倍晋三首相は交換条件のようなかたちで維新の会の提案に賛成しましたが、自民党では大学までの無償化は無理とし、首相の提案から内容を後退させたとみられています。
Q 中高生が憲法について考えるポイントは。
A 自衛隊のことを考えてみましょうか。
憲法9条には、武力行使は一切いけないと書いてあります。ところがやっかいなことに、憲法13条では国民の生命や自由を最大限尊重しましょうともあるのです。日本が武力攻撃を受け、人が死んでいく状態を放置すると、国民の生命や自由の尊重に合わなくなりますね。条文同士がぶつかっているんです。
たとえば、遠足のしおりの9条に「飲み物は持ってきてはいけません」と書いてあるのに、13条を見ると「熱中症にならないように、ちゃんと水分をとりましょう」と書いてあるとします。どうしたらいいと思いますか。
〈9条〉
1、2項を維持したまま、自衛隊を明記。
〈緊急事態条項〉
大地震などの災害が起きたときに、国会議員の任期を延長したり、国会を通さずに法律と同じ効力がある政令(緊急政令)を政府が制定できたりするという条項。緊急事態を「大地震その他の異常かつ大規模な災害」に限定し、武力攻撃やテロは含まない。
〈教育無償化〉
教育を受ける権利を定める26条に3項を新設し、教育の意義を明記。大学など高等教育は巨額の財源がかかるため、「無償」の表現は入っていない。
〈合区の解消〉
3年ごとの参院改選で、各都道府県から少なくとも1人の議員を選べるようにするとし、「一票の格差」を是正するために有権者数が少ない選挙区を統合する「合区」を解消する。衆参両院の選挙区は、人口に加えて市区町村といった「行政区画」なども考慮する。
国会議事堂=東京都千代田区
前田奈津子撮影
図・きくちろう
Q(特派員の質問) どちらかをなくす?
A(木村さんの答え) どちらも大切なので、なくさず解釈を考える方法があります。
憲法9条に戦力は禁止と書いてあるが、13条にある国民の生命や自由を守るための最低限の力は含まず、それを超えたものだけを戦力と9条は言っているのでは、と総合して読むことです。
日本政府はこう解釈していて、自衛隊は9条違反ではなく、13条を根拠に9条の例外として認められたとしています。
Q 憲法に自衛隊が明記されると私たちのくらしに影響はありますか。
A 書き方によります。単に自衛隊を書くというと、遠足のしおりに水筒を持ってきていいとだけ書いてあるようなものです。自衛隊に何をさせるかを書かないと、憲法改正の意味がわからないということです。
自衛隊の問題は、たとえばお父さんが自衛官で、憲法改正されるとお父さんが海外に派遣されるかもという立場の人などでないと、身近ではないかもしれません。でもそこには自衛官一人ひとりの命がかかっているし、私たちの生活もかかわっています。身近でないことを身近に考えなきゃいけない、と思ってほしいです。
Q 2015年に成立した安全保障関連法で認められている「集団的自衛権」とは?
A 日本が攻撃を受けていない時に、ほかの国が攻撃を受けたとします。そこで救援要請が来たら、ほかの国のお手伝いをするために行使するのが集団的自衛権です。憲法9条から、日本は集団的自衛権を行使できないとしていましたが、政府は14年に解釈を変え、場合によって行使できるとしました。
Q 集団的自衛権の議論で聞く「解釈改憲」とはどういう意味ですか。
A まず、法の解釈とは、あらかじめ決まっている一般的なルールで物事を判断しようという考えです。
学校で掃除当番を割り振る時、割り振りは一般に出席番号順などルールがあり、それに4人ずつなどあてはめて決めますね。でも、欠席者が出た時にどうするか決めておかないと、欠席者を飛ばして次の人を入れるか、その日は3人にするか、いろいろ分かれます。それが解釈が分かれるということです。憲法では、何が正しい解釈かを定めるのは裁判所の権利です。
たとえば、学校で緑の服を着てきなさいというルールがあったとします。緑にきみどりが入るかどうかは解釈の余地がありそうです。でも、赤い服は解釈の限界を超えているなと思うでしょう。
政府や国会、裁判所が解釈の限界を超えた条文の読み方をして、解釈だと言い張ることを解釈改憲といいます。簡単に言うと憲法違反です。
Q 集団的自衛権についてはどう思いますか。
A 私は、集団的自衛権の行使は今の憲法上は容認できないと考えます。法律が集団的自衛権の行使を容認するものならば、憲法違反だと思います。
集団的自衛権について定めた自衛隊法76条1項2号を読むと、どういう時に使うかよくわかりません。法律では日本の「存立がおびやかされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底からくつがえされる」場合でないと、集団的自衛権が使えないとなっています。どんな場合がそれにあたると思いますか?
Q 日本が攻撃された時?
A そうですね。外国が受けた攻撃で日本の存立がおびやかされ、日本も攻撃を受けるという状況なら攻撃ができるということなんですけど、別にそれは集団的自衛権でなくて、日本自身の個別的自衛権で対処すればいい話です。
でも政府は、他国の石油が足りないとかそういうケースでも行使できると言っています。政府の理解と、ふつうに条文を読んで理解されるものとが違うので、条文自体、意味がわからないものだと思います。意味がわからないので憲法違反という立場をとっています。
Q 憲法学の魅力は。
A 憲法は国家権力に対抗するためのルールなので、非常に力の強い相手を理屈だけで鼻をあかせるというところがあります。
ただ、法解釈や憲法解釈で注意が必要なのは、自分がこうしたいという思いと切り離して決めなければならないことです。自分が集団的自衛権に反対・賛成の意思があっても、憲法解釈はその気持ちと別です。
自分の思いを切り離して、一つのことに没頭できるのが憲法学者の魅力かもしれません。
〈9条〉(戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認)
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
〈13条〉(個人の尊重)
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
【取材を終えて】
憲法を身近なものとして考えるという言葉に感銘を受けました。憲法の理解が深まったとともに、憲法への興味もさらに増しました。(長山将也さん)
私たちに分かるように身近な例を用いて話してくださったので、頭の中にすんなり入ってよかったです。私は弁護士に憧れているので、大人になった時にまたお会いしたいです。(室岡鞠亜さん)
①『憲法という希望』(著 木村草太、講談社現代新書、820円) 立憲主義から憲法と家族、米軍基地問題まで木村さんが憲法を通じて解説。ジャーナリストの国谷裕子さんとの対談も。
②『日本国憲法』(小学館、540円) 前文と全条文をふりがなつきで紹介。「恵沢」「享受」など用語の解説も。
③『井上ひさしの 子どもにつたえる日本国憲法』(著 井上ひさし、絵 いわさきちひろ、講談社、1028円) 憲法の大切さをわかりやすい言葉で伝える絵本。
④『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(著 谷口真由美、文芸春秋、1188円) 大阪出身の著者が憲法の要点を大阪弁でやわらかく伝える。
記事の一部は朝日新聞社の提供です。