朝日中高生新聞
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中学道徳 正解なき問いと向き合う

2018年4月22日付

来年度から「教科」で試行錯誤

 桃太郎は鬼を退治する以外に解決方法はなかったの? 漫画の登場人物は何を考えている? 中学校の道徳の授業で、答えのない問いに向き合うため、工夫をこらす動きがあります。来年度から中学校の道徳が「特別の教科」として成績の評価対象になることも視野に入れ、先生は生徒の考えを引き出そうと試行錯誤しています。(猪野元健)

東京・港区立御成門中学 桃太郎の鬼退治、視点変えて

「誰かの正義、他の人の悪?」

 鬼の子どもの立場で考えたら、本当に「めでたし、めでたし」だったのだろうか――。3月、昔話の桃太郎を題材とした授業に取り組んだのは、東京都港区立なりもん中学校の2年生(当時)です。よりよい社会を実現するために、異なる視点を持つことを考えるのがねらいです。
 桃太郎は村を荒らす鬼を退治するストーリーですが、生徒に配られたのは「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」と書かれたキャッチコピーでした。
 担当のおかあや先生が「なぜ桃太郎は鬼退治しか選ばなかったのだろう」と問いかけると、「鬼が悪いと決めつけていた」「また荒らされる」などの声が上がります。次に「村の平和を取り戻すにはどんな選択肢があったか」を考えました。
 目立ったのは「話し合う派」でした。村を荒らした理由を聞いて、たとえば「必要なものが足りなかったのなら、貿易で解決できたのでは」といった意見です。「退治しかない」「鬼の生活もあるから村を移動しては」という声もありました。
 ふなつかさんは「誰かの正義は、他の人の悪かもしれない。現実の世界でも起きているのではと思った」と話します。
 授業のきっかけは、このキャッチコピーが掲載された新聞広告です。コピーを考えた広告会社・はくほうどうやまざきひろさんらと、桃太郎伝説で有名な岡山県の中学校の先生が授業案を練り、県内で授業が行われました。これを知った岡田先生が、山崎さんに授業の相談をしました。
 御成門中では「多様性を考える材料になる」として今年度も授業を続け、区内の中学校に広める予定です。

茨城・高山学園つくば市立高山中学 漫画の登場人物の「心」を読む

意見を交わし「印象が変化」

 昨年8月に出版され200万部を突破した『漫画 君たちはどう生きるか』。日々の生活で悩む15歳の少年が主人公です。茨城県のたかやま学園つくば市立高山中学校は「生き方を考えるヒントになる」と2月、当時8年生(中2)に、この作品を活用した授業をしました。
 いじめられている生徒をかばう仲間が、いじめている生徒とけんかをする場面。いじめを受けている生徒が「①けんかをながめる」コマと、その後に「②自分のこぶしを見る」コマがあります。吹き出しはどちらも「…」だけ。担当のせんわたる先生は、ここで何を考えていたのだろうと問いかけました。文章の行間を読むイメージです。
 ある生徒は「①やめてくれ。僕が悪いみたい。またいじめられてしまう」「②僕も一発ガツンと言ったほうがいい」。別の生徒は「①どうすればいいか分からない」「②自分に嫌がらせをした人でも同じ思いをさせたくない」と考えました。
 別の場面でも登場人物の心に迫る質問を用意して、グループで意見を交換しました。
 おおさとこうへいさんは「漫画は心情を読み取りやすく、答えがしばられないように感じた」。ぐちしゅんすけさんは「人の意見や内容を考えて漫画の印象が変わった」と言います。
 来年度から始まる道徳の授業では「何をどう評価されるのか不安」という声も生徒にあります。仙波先生は「まずは考えて意見を出してもらうことが大切。漫画が題材だと生徒が授業に参加しやすくなると分かったので、来年度も活用できそうだ」と話します。

『漫画 君たちはどう生きるか』の書影
『漫画 君たちはどう生きるか』

中学道徳「教科」に 教科書使い、記述で評価

 中学校の道徳は来年4月から「特別の教科」となります。3月下旬には初めての教科書検定が終わり、内容が明らかにされました。教科になったいきさつと、教科書の特徴を紹介します。(編集委員・根本理香)

安倍政権の元で一気に進む

 道徳は1958年の学習指導要領改訂からこれまで、教科とは違う「道徳の時間」として扱われてきました。第2次世界大戦以前は「しゅうしん」という教科で、国のためにつくすことなど、天皇が国民教育の理念を示した「教育ちょく」が中心にすえられていました。
 道徳の時間は、教科書や成績評価もなかったこともあり、学校や先生によって取り組みに温度差がありました。副読本などの教材の読み込みが中心で、友情の大切さなど分かりきった内容に子どもたちがしらけてしまう、などの課題も指摘されていました。
 道徳の教科化は、しんぞう政権の元で一気に進みました。第1次安倍政権では、安倍首相や有識者をメンバーとする教育再生会議が2007年、規範意識が低くなっていることなどの問題に対応するため、道徳を「徳育」という教科にするよう提言しました。安倍首相退陣で立ち消えになったものの、第2次安倍政権の元で教育再生実行会議が13年、道徳の教科化を求めました。この時は、11年に滋賀県おお市の中学2年生がいじめを苦に自殺したことなどから、いじめ問題への対応を重視しました。

「考えて議論」へ

 今年4月からは小学校で道徳が「特別の教科」となりました。中学校は来年度からです。これまでとの大きな違いは、検定教科書を使うことと、教員が児童・生徒を評価するという点です。1~5などの数値ではなく、記述式で評価します。文部科学省は「考え、議論する道徳」への転換も進めようとしています。

「いじめ」「スマホ」など題材

 初めて道徳教科書の検定があり、昨年の小学校用に続き、今年3月には中学校用でも結果が出ました。申請した8社(計30冊)が合格しました。
 いじめ問題は、道徳の教科化のきっかけの一つになったこともあり、8社とも全学年で取り上げました。被害者や加害者、ぼうかん者の気持ちを考えさせ、授業の中で話し合いをうながすねらいがこめられています。
 朝日中高生新聞で連載中のもとやまさんの漫画「明日あしたがくる」を書籍化した『いじめ 心の中がのぞけたら』が、東京書籍の1~3年、教育出版の1年の教科書で取り上げられています。
 スマートフォン(スマホ)の題材も各社が扱いました。歩きスマホの危険性やSNSなどへの書き込みの問題点を考えさせます。性的少数者や臓器移植も複数の教科書に載っています。人気漫画からの引用もあります。

〈道徳教育をめぐる歴史〉
1872年 近代教育制度を定めた「学制」公布。「修身」を教科として設ける
 80年 修身が最も重要な教科に格上げ
1945年 終戦により、修身の授業停止
 58年 学習指導要領を改訂し、「道徳の時間」を新設
2007年 教育再生会議が「徳育の教科化」を提言
 13年 教育再生実行会議が道徳の教科化を提言
 18年 「特別の教科」として道徳が小学校で始まる。19年からは中学校でも

本山理咲さんの漫画が掲載された中学校道徳の教科書の写真
本山理咲さんの漫画が掲載された中学校道徳の教科書。
教育出版(右下)と東京書籍が取り上げました
近藤理恵撮影

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