- 日曜日発行/20~24ページ
- 月ぎめ967円(税込み)
←2020年3月16日以前からクレジット決済で現在も購読中の方のログインはこちら
2016年5月29日付
主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)のため来日したオバマ米大統領の広島訪問が注目を集めた。戦争で核兵器を使った唯一の国、米国の現職大統領による被爆地訪問は初めて。歴史的訪問が、足踏みを続ける核軍縮を再び動かすきっかけになるのだろうか。
オバマ大統領は就任間もない2009年、チェコのプラハで「核兵器のない世界」を訴えて、その年のノーベル平和賞を受賞した。しかし、もう一つの核大国、ロシアとの関係悪化によって、核兵器を減らす取り組みの進展はほとんどない。
米国内でも野党・共和党が、オバマ政権が進めようとしてきた包括的核実験禁止条約(CTBT)の議会批准に反対し、身動きがとれていない。
大統領の広島訪問について、米国の識者からも「原爆投下論争は、政治的リスクが大きい」(バートン・バーンステイン米スタンフォード大名誉教授)、「訪問すること自体が謝罪を意味している、と読み取れる」(ノーマ・フィールド米シカゴ大名誉教授)といった声が聞かれた。
こうした歴史的背景には、戦後米国で語られてきた「核の神話」がある。
第2次世界大戦直後、米国民の85%がトルーマン大統領による原爆投下を支持した(ギャラップ社世論調査)。しかし、戦勝の熱狂が冷めると、原爆投下の正当性を問い、非人道性を批判する言説が、米メディアや宗教者らから現れ始めた。
これを抑えるため、原爆開発の「マンハッタン計画」責任者だったスティムソン元陸軍長官名で1947年、米ハーパーズ誌に1本の論文が掲載された。論文では「原爆を使用せずに日本本士上陸作戦を実施すれぱ、米軍だけでも100万人以上の死傷者を出すかもしれなかった」とした。この「100万人神話」が今日まで米国民に広く浸透している。
戦後50年には、米国立スミソニアン航空宇宙博物館が原爆投下機エノラ・ゲイと広島・長崎両市提供の被爆資料を並べる展示を企画したが、第2次大戦を戦った退役軍人らの反対で頓挫した。
今回、米国の政治家や駐日米大使らが広島・長崎訪問を重ねて、オバマ大統領の広島訪問にこぎつけた。昨年の世論調査(ビュー・リサーチセンター)によると、原爆投下を正当化できるという米国人は56%に、若者層(18~29歳)では47%にとどまった。米国人の認識が、世代とともに変化している様子がうかがえる。
核兵器は無差別に人間を殺し、放射線の影響は世代を超えて続く。「核なき世界」を実現する日まで、「神話」との闘いは続くだろう。
オバマ米大統領
どちらも(C)朝日新聞社
原爆ドーム(手前)と広島平和記念資料館(奥)=広島市中区
解説者
田井中雅人
朝日新聞核と人類取材センター記者
記事の一部は朝日新聞社の提供です。