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2016年3月20日付
認知症の男性(当時91)が列車にはねられて死亡し、JR東海が、介護する家族に約720万円を支払うように求めた裁判で、最高裁判所が「家族に賠償する責任はない」という判決を出した。高齢化が進む日本社会にとって、どんな影響があるのかを考えた。
事故が起きたのは2007年12月。愛知県大府市で認知症の男性がひとりで外出し、列車に乗って隣の駅で降りたとみられ、ホーム端近くの線路ではねられた。
男性は重い認知症。男性の妻(93)が同居し、長男の妻が横浜市から愛知県の男性宅の近くに転居して世話をしていた。妻がまどろみ、長男の妻が玄関先に片付けに出ていた、短い間のできごとだった。
事故で列車が遅れたため、JR東海は男性の家族に対して、振り替え輸送などにかかった費用の720万円を支払うように訴えた。一審・名古屋地裁は、妻と長男に責任があるとして、2人に全額の支払いを命令。二審の名古屋高裁は「妻にだけ責任がある」として、半額の約360万円を支払うように命じた。
判決に対しては、認知症の人を介護する家族たちのグループなどから「介護の実情をわかっていない」などの批判が相次いだ。
ポイントになったのが、民法で定められた「監督義務」の規定だ。
小さな子どもや重い認知症の人のように、自分の行動に責任を持てない人が他の人に損害を与えた場合、日本の民法は、その人を監督する義務がある人が賠償すると定めている。子どもが起こした事故で両親が監督義務を負う場合が多いが、認知症の大人の事故の場合は、はっきりしていなかった。
最高裁は、今回の場合は、妻にも長男にも監督義務はなく、賠償金を支払う責任はないとの判決を出した。「妻だから」とか「息子だから」というだけの理由で、自動的に監督義務を負うわけではない、という初めての判断が示された。
一方で、最高裁は、監督義務があるかを考えるのに、「介護する人の生活や心身の状態」や「同居していたかどうか」などの基準を示した。今回は、妻が高齢で、長男は横浜に住んでいたが、妻がもう少し若かったり、長男が同居していたりすれば、責任を問われたかもしれない。ある裁判官は「積極的に介護にかかわるほど、監督義務を負う可能性は高くなる可能性はある」と話す。
一方、今回の判決は「認知症の人の起こした事故で、誰も責任を負わなかった場合はどうするのか」との課題も残した。自動車運転や火災など様々な事故がありうる。被害者も大企業ではなく、一般の人の場合もある。専門家は、こうした事故に備えて、保険制度のような仕組みづくりを急ぐべきだと指摘している。
最高裁判所の判決を受け、記者会見する遺族側の代理人=1日、東京都千代田区
(C)朝日新聞社
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解説者
市川美亜子
朝日新聞社会部
記事の一部は朝日新聞社の提供です。