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2020年7月12日付
ノーベル賞を受賞した京都大の本庶佑特別教授が、がん免疫治療薬「オプジーボ」の特許使用料約226億円の支払いを小野薬品工業に求める裁判を起こした。大学と企業の「産学連携」のあり方に影響を与える可能性があり、裁判の行方が注目される。
体には、ウイルスなどの病原体やがん細胞を除いて身を守る「免疫」の仕組みが備わっている。本庶さんのグループは、免疫の働きにブレーキをかけているたんぱく質を1992年に見つけた。その後、ブレーキを利かなくすれば、免疫が働いてがん細胞を攻撃し、これまでとはまったく違う画期的ながん治療薬ができることを示した。それが2018年にノーベル医学生理学賞の受賞につながった。
本庶さんたちの基礎研究の成果をもとに、小野薬品工業が実用化した薬がオプジーボだ。本庶さんと小野薬品は、2003年に共同で特許出願した。薬を作って利益を上げる小野薬品から、本庶さんがどれだけの対価を得るかという契約は2006年に結ばれた。本庶さんは、契約の対価が低すぎるとして、対価の上乗せ交渉を2011年から始めた。
しかし、今回の訴訟は、その契約そのものについてではない。米国企業が支払うオプジーボの特許使用料の配分を巡る訴訟だ。オプジーボとそっくりの薬を米メルク社が製造。先に作った小野薬品などと裁判になり、米メルク社が特許使用料を払うことで和解した。本庶さんの主張によれば、米企業から小野薬品がもらう金額の40%を受け取るはずだったが、小野薬品からは1%だと通知されたという。
小野薬品は、司法の場で、会社の正当性を主張すると言っている。薬を実用化するには、人でどのくらい効果があるか、安全性はどうかを調べる試験などに製薬会社がたくさんのお金と時間をかけている。成功する確率は非常に低く、開発が無駄になることはざらだ。開発に貢献した科学者が受け取る金額に明確な基準はない。裁判で、どんな判断が出るか注目されている。
科学の発見が実用化されて特許につながり、巨額の富を生むことはある。15年にノーベル医学生理学賞を受賞した北里大の大村智特別栄誉教授は、抗寄生虫薬「イベルメクチン」のもとになる物質を見つけ、製薬会社から200億円以上受け取ったと言われる。
大村さんや本庶さんは、研究者個人で企業と交渉した。いまは、大学として特許出願したり、特許権を管理して企業と交渉したりする仕組みができてきたが、十分とは言えない。政府は大学と企業が協力し合う「産学連携」を進めている。大学の発明をもとに産業が発展して利益を生み、その一部が大学に入って、さらに研究を推進することが理想だ。この裁判の結果は、今後の産学連携のあり方にも影響しそうだ。
【特許】
「発明」は、特許を受けることによって、他の人が勝手にまねしないように守ることができる。特許を受けるためには、特許庁に出願し、本当に新しいかどうかなどの審査を受ける。特許権は、原則として出願から20年間独占でき、時間とお金をかけた発明が守られる。自分で使うだけでなく、他の人が使うことを許して特許使用料を得ることもできる。特許が公開されるため、技術の進歩や産業の発展にも役立つ。
1992年 本庶佑さんが、がん免疫治療薬「オプジーボ」のもとになるたんぱく質「PDー1」を発見
2003年 本庶さんと小野薬品が、オプジーボに関する特許を出願
06年 本庶さんと小野薬品が、特許使用料について契約
17年 小野薬品などと米メルク社が、特許使用料をめぐる裁判で和解
18年 本庶さんが、ノーベル医学生理学賞を受賞
20年 本庶さんが、小野薬品をオプジーボの特許使用料をめぐって訴える
解説者
瀬川茂子
朝日新聞大阪本社 科学医療部記者
記事の一部は朝日新聞社の提供です。