ゆるキャラ 平成とともに歩む

出典:朝日小学生新聞 2018年12月6日付

 「くまモン」をはじめとする「ゆるキャラ」はほとんどが平成生まれです。一大ブームとなりましたが、最近は仲間が増えすぎて覚えてもらうのも容易ではありません。長く多くの人に愛されるには、地道な活動としっかりした背景が必要なようです。(中田美和子)

もずやんに ゆるくない歴史あり
同じ名前あり改名→人気は低迷→ 地道に広報の活動→府民に愛される

 都道府県や市町村などはブームになる前から、イベントや観光などのために独自のキャラクターを作っていました。もともとは市民からデザインを募集して作るものがほとんどでした。これらをまとめて「ゆるキャラ」と名付けたのはイラストレーターのみうらじゅんさんです。2004(平成16)年に『ゆるキャラ大図鑑』を出版しました。

 「ゆるキャラ」という言葉が出てくる朝日新聞の記事件数を調べてみると、06(平成18)年は1けただったのが08(平成20)年には100をこえ、13(平成25)年はピークで1100件に達しました。去年は300件あまりになっています。

 大阪府のキャラクター「もずやん」の前身「モッピー」は、1993(平成5)年に国民体育大会(国体)のマスコットとして産声を上げました。平成とともに歩んできた道のりは山あり谷あり。ゆるくない歴史を物語っています。

わたしたち平成生まれ
もずやんの前身「モッピー」=2014年、猪野元健撮影

 国体後、モッピーはスポーツ担当部署のマスコットとして平穏に過ごしていました。2014(平成26)年、松井一郎府知事が「府のキャラクターは多すぎて、どれが何をPRしているのかわからない」と発言します。全部で92体あったそうです。ここでモッピーは突如脚光を浴びます。長い活動歴や府の鳥モズをかたどっているから、府の代表に選ばれたのです。

  しかし、有名になったとたん、同名のキャラクターがすでにいることがわかりました。改めて名前を募集して「もずやん」で再スタートを切ります。と同時に、あれ、姿形が…? 府広報広聴課の金嵜修さんは「そんなにちがいますか。より親しみやすくなったでしょう」と笑います。広報担当副知事の肩書もつきました。

わたしたち平成生まれ
大阪府の「広報担当副知事」として席に着く「もずやん」=2018年10月、大阪市中央区

 でも人気は簡単には上がりません。キャラクターを使う権利を売ろうとしましたが、申しこみはゼロでした。17(平成29)年には知名度アップに五つの目標を立てましたが、ツイートの閲覧数や府民にわかってもらう率はクリアできませんでした。

 地道に活動を続けるなか、今年は広報担当として大きな役割を果たしました。6月の大阪北部地震のときに府の公式ツイートとして、多くのフォロワーに気象や交通機関の情報を届けられたのです。「情報があふれるなかで府の情報に目を向けてもらう本来の仕事ができました」と金嵜さん。

 レインコートを買う予算がなく雨の日にごみ袋をかぶっていたところ、見かねた府民がレインコートを作って届けてくれました。平成の山や谷をこえ、もずやんの羽ばたきは続きます。

子どもの喜びに地域の未来
 広告会社TMオフィス(大阪市)の社長・殿村美樹さんは、07(平成19)年、彦根城(滋賀県)の400年祭で「ひこにゃん」を前面に出した旅行を企画。ゆるキャラブームの前でしたが、女性を中心に大ヒットしました。

 「日本人は物事を直接的に伝えず、何かを通して表現するところがある。地域のよさを伝えるのも、ゆるキャラを通してとなったのでしょう」といいます。着ぐるみ姿のゆるキャラには、自然と子どもたちが集まってきます。「子どもが喜ぶ姿には地域の未来が感じられる。だから大人もふくめて人気になったのでしょう」

 ただ、キャラクターが根付くかどうかは「きちんとした意味やストーリーがあるか」にかかっています。例えば、ひこにゃんは彦根城にゆかりのある井伊家を雷から救ったネコの伝説から生まれています。「歴史を形づくるもの、地域の人が大事にしているものなど、みんなが納得できる理由がないと生き残っていくのは難しいでしょう」


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