W杯への道 プロリーグ開幕

出典:朝日小学生新聞 2018年6月28日付

 サッカー・ワールドカップ(W杯)では、日本代表が活躍中です。日本でサッカーがこれほどさかんになったのは、1993(平成5)年にJリーグが開幕したことが大きいと知っていましたか? 平成生まれのもので時代をふり返るシリーズ第3弾です。手探りでJリーグをつくってきた元選手の思いや、開幕が子どもたちにどんな影響を与えたのか、話を聞きました。(小貫友里)

海外の名選手から学んだ姿勢 元日本代表北澤豪さん
わたしたち平成生まれ
「Jリーグは今年で25年。一つずつ、いい形で進んできたと思います」と話す北澤豪さん
=2018年6月8日、東京都港区

 1993年5月15日のJリーグ最初の開幕戦。ヴェルディ川崎(当時)の選手としてピッチに立ったサッカー元日本代表の北澤豪さん(49歳)が感じたのは、「とまどい」だったと話します。

 Jリーグは、日本初のサッカープロリーグです。それまで選手はアマチュアの「日本サッカーリーグ」で、他の仕事をしながらサッカーをしていました。

 プロになった北澤さんは、自分のためだけでなく見に来てくれた人たちのためにプレーしようと決めました。でもどんなプレーをすればいいか「考えつかないまま、精いっぱいやるしかなかった」と話します。

 そんな手探りの中で導いてくれたのが、海外から来たスタープレーヤーたちでした。北澤さんが「自分のアイドル」と語るジーコ選手(65歳)は元ブラジル代表のエース。ほかにも元西ドイツ代表のリトバルスキー選手(58歳)、元イングランド代表のリネカー選手(57歳)らが日本のクラブに入団しました。「彼らはちゃんと練習し、サッカーに情熱やロマンを持っていた。技術だけでなく、プロはこういうものという姿勢も学びました」。世界レベルの選手と同じリーグでプレーをすることで、世界と戦うことを目指すという気持ちも芽生えました。

 93年に10クラブで始まったJリーグは、今ではJ1、2、3の3部制の合計54クラブ、全国38都道府県へと広がりました。北澤さんは「Jリーグは地域の名前をクラブにつけています。地域の象徴になるし、サッカーはもっと地方創生を担える」と話します。

 平成は「サッカーに関わる仕事をする人が増えた時代。でも、もっとたくさんの優秀な人にスポーツ界に入って、スポーツの感動を社会に広げてほしい」と北澤さんは期待します。

Jリーガーにあこがれ強くなった 元なでしこジャパン丸山桂里奈さん わたしたち平成生まれ
丸山桂里奈さん「サッカーがうまい子はかっこいいというイメージも、Jリーグができてから」
=2018年6月20日、東京都目黒区

 「Jリーグがあったから、今の私もあるのかな」と話すのは、サッカー女子の元日本代表(なでしこジャパン)FWで現在はタレントとして活躍する丸山桂里奈さん(35歳)。開幕時は小学5年生でした。

 Jリーグが始まるまで、テレビでサッカーの情報を見ることはほとんどなかったそうです。開幕すると、試合だけでなく、サッカーに関する番組がいくつも放送されるようになりました。JリーガーがテレビCMに出ることも増え、Jリーグのグッズを集める子もたくさんいました。スタジアムに行かなくてもJリーグにふれる機会があらゆる所にあったといいます。

 丸山さんがサッカーを本格的に始めたのもこのころです。当時一番のあこがれはヴェルディ川崎に所属していた三浦知良選手(51歳)で、「シザースという、三浦選手が得意なフェイントの技をまねしていました」と丸山さん。その影響もあり中学生になると、ヴェルディ川崎の下部組織である「読売メニーナ」というチームに入ります。

 「Jリーグにはいつも子どもたちがあこがれるような選手がいました。だから日本サッカーはどんどん強くなったのだと思います」

わたしたち平成生まれ


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