平成生まれ初 胸を張って次へ

出典:朝日小学生新聞 2019年1月1日付

 平成の30年間に生まれた「平成世代」の中には、平成生まれとして初めての記録を打ち立て、活躍している人たちがいます。どのような道を歩んできたのか、平成という時代や新しく来る時代への思いを、5人に聞きました。 (小貫友里、畑山敦子、八木みどり)

びっくりする側になりたい
直木賞作家
小説家 朝井リョウさん

 小説家の朝井リョウさん(29歳)は2013年、就職活動に取り組む大学生たちの姿をえがいた「何者」で、有名な文学賞の一つ、直木賞を受賞しました。「平成生まれ初の直木賞作家」との肩書については、「他の直木賞作家の方たちにはないわけですから、げたをはかせてもらった気分」と語ります。

わたしたち平成生まれ
新しい時代に向け、「若い世代ならではの感性で書かれた作品」の登場に期待を寄せる作家の朝井リョウさん
=東京都

 デビュー作「桐島、部活やめるってよ」は、学校内の序列「スクールカースト」をえがいた作品。「何者」は、大学生の就職活動に欠かせない道具となっているツイッターを盛りこんでいます。そうした若者ならではの感性が、高く評価されてきました。

「平成」舞台に競作も
 16年からおよそ2年間にわたり、8組の作家による競作企画に参加しました。古代から未来まで、時代ごとに1組の作家が担当し、「海族」と「山族」の対立をテーマに小説にしました。

 朝井さんが担当したのは「平成」。平成時代の対立について思いうかんだのは、学校現場での変化でした。平成時代には、徒競走で順位づけをなくしたり、成績を相対評価ではなく絶対評価にしたりと、他の人と比べることをやめようとする動きが始まりました。そこで平成を「対立がうばわれていった時代」ととらえ、「死にがいを求めて生きているの」という作品を書き上げました。

 朝井さんにとって平成は、「自分が自然なものとして書いてきたものが、他の世代からは新鮮なものとして読まれる」時代でもありました。次の時代に期待するのは、若い世代ならではの感性で書かれた作品です。

 朝井さんは、小説の中では「スマートフォン」のことを「携帯(電話)」と書きますが、小学生のみなさんにとっては「スマホ」の方がおなじみかもしれません。「そんな風に、その世代にとっては自然なものに対して、びっくりする側になりたい」と話します。「そんな作品が、これから絶対出てくる。そしたら、ぼくが座ってきた席に、その人が座るようになるはずです」

わたしたち平成生まれ
直木賞の受賞が決まった日の朝井リョウさん(中央)。
23歳7か月での受賞は、戦後最年少の記録でもあります=2013年1月

あさい・りょう
1989(平成元)年5月生まれ。岐阜県出身。早稲田大学在学中の2009年に「桐島、部活やめるってよ」で、小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。23歳の時に「何者」で直木賞を受賞。他の作品に『チア男子!!』(今年5月に映画化)、『世にも奇妙な君物語』など。

経験する中で世界は広がる
2度の七冠
棋士 井山裕太さん

 中学1年で平成生まれ初のプロになった井山裕太さん(29歳)は、囲碁の国内七大タイトルを制覇する七冠を2度成しとげました。平成生まれもふくめ、史上初のことです。国民栄誉賞も受けました。

わたしたち平成生まれ
「世代や国のちがいをこえて楽しめる囲碁を、より多くの人に楽しんでもらいたいです」と話す井山裕太さん
=大阪市の日本棋院関西総本部

 5歳から囲碁を始めました。小学生のころ、師匠の石井邦生九段と電話回線でテレビをつないで対局できる囲碁のソフトを使い、習っていたそうです。

 「師匠の家と自宅がはなれていたので使うようになりました。ふつう、師匠が目の前にいると緊張しますが、画面上で対局するので気楽にできたという面もあると思います」。一般的に、師匠と弟子が対局することはごく少ないそうですが、井山さんは師匠と約1千局打ち、力をつけました。

 「決して囲碁づけではなく、友だちともよく遊んだ」という子ども時代。野球が好きで、当時アメリカのメジャーリーグで活躍し始めたイチロー選手の試合をよく見ました。「純粋にあこがれていましたが、今は世界はちがえど自分もプロになり、野球のために準備をおこたらず長い間第一線で活躍される姿は理想です」

AIのまねはしない
 囲碁界でも、人工知能(AI)が急速に進化しています。2016年にグーグルのコンピューター囲碁プログラム「アルファ碁」が世界のトップ棋士の李セドル九段(韓国)に勝った時は、井山さんも「衝撃だった」そうです。

 「中国や韓国などではAIを使った研究が主流です。世界で戦う上で、人工知能の感覚をうまく取り入れていけるかどうかが問われています。AIは今や戦う相手ではなく、より強くなるためのツールです」。ただ、「AIのまねをするのではなく、自分なりに考えて有力だと思ったら取り入れないと、その人の力にならないのではないか」と情報をみきわめることが大切だと言います。

 次の時代を前に「特別変わることはなく、今後も自分の信じることをやっていきたいです」と言います。小学生のみなさんには「変化が早く、選択肢や情報が多いと何をしていいかわからないこともあるかもしれません。経験していく中で世界が広がっていくと思うので、挑戦する気持ちを大事にしてほしいです」。

わたしたち平成生まれ
プロになって間もない、中学1年の井山さん。このころから「世界で通用する棋士になりたい」と話していました
=「朝日中学生ウイークリー」2002年8月25日号から

いやま・ゆうた
1989(平成元)年5月生まれ。大阪府東大阪市出身。12歳でプロになり、2009年に20歳で名人を獲得。16年には囲碁界初の七冠を独占、17年にも2度目の七冠を達成した。18年12月の天元戦を防衛し、七大タイトル獲得数が通算43期で史上最多記録に。

これからも「生涯柔道」
五輪メダリスト 柔道
中村美里選手

 女子柔道の中村美里選手(29歳、三井住友海上)は、2008年に中国・北京オリンピック(五輪)の52キロ級で銅メダルを獲得し、平成生まれ初の五輪メダリストとなりました。何年かたってから、じわじわと「『平成生まれ初のメダリスト』は一人しかいない」ことのすごさを感じるようになったそうです。

わたしたち平成生まれ
「生涯柔道」を目標にする、中村美里選手(1989〈平成元〉年4月生まれ)
=東京都世田谷区の三井住友海上世田谷道場

 12年のイギリス・ロンドン五輪は初戦敗退という結果に。その後、ひざの手術を経て、試合に復帰。16年のブラジル・リオデジャネイロ五輪で再び銅メダルにかがやきました。

 17年4月から、大学院で学んでいます。現役選手が大学院に進学する例はまだまだ少ないですが、まわりの人たちは、「いろんなことやってみるのもいいんじゃない」と背中をおしてくれたそうです。海外で柔道の指導をすることもあるといい、「語学を学んだり、留学にも挑戦したりしたい」と先を見すえます

  いま、目標としているのは、体重に関係なく競う全日本女子柔道選手権への出場です。「柔道のいいところは体が小さくても、勝てる可能性があるところ。どこまでできるのか試してみたいし、見ている人にも、柔道の魅力を感じてもらえたら」と話します。

 20年の東京五輪をめざすのかどうかが注目されていますが、まだはっきりと決めていません。お年寄りが楽しそうに柔道をしている姿を目にして心にちかうのは、「生涯柔道」という言葉。平成から次の時代になっても、柔道を続ける姿勢は変わりません。

子どもが夢持てる世に
25歳で初当選
市議 鈴木晃地さん

 政治の世界でも平成生まれが活躍しています。2015(平成27)年に25歳で初当選した神奈川県相模原市議会議員(市議)の鈴木晃地さん(29歳)は、平成生まれ初の議員の一人です。 市議は、市が行う政策やお金の使い方などをチェックし、市民の声を市に届ける仕事です。鈴木さんが議員を志すきっかけは「介護現場を変えたい」という思いでした。

わたしたち平成生まれ
神奈川県相模原市議会の議場に立つ鈴木晃地さん(1989〈平成元〉年12月生まれ)。
「政治を身近に感じてもらいたい」と、大学生のボランティアを自身の事務所に受け入れているといいます
=市議会提供

 「高校の時、友人の母親が働く老人ホームでボランティアをしたことから介護の仕事が好きになり、資格を取るため専門学校に進みました。しかし、志があってもきびしい労働環境や待遇の悪さでやめてしまう人が多いと知り、働きやすくなるよう制度を変えたい、と思うようになりました」

 改めて大学に入り、介護サービスについて学ぶうち「学者ではなく、政治家としてできることがあるのでは」と思い始めます。議員秘書を経て、政党の支援を受けない無所属で市議選に立候補しました。

 議員になってからは「とにかく多くの人に会います。うかがった意見から、介護職員が働いた年数に応じて表彰する制度や、学校の自動体外式除細動器(AED)を休みの日でも使えるよう保管場所を変えることなどにつながりました」。

 たびたび会食するのが政治家のイメージですが、「夜の会食は断り、家族で食べています。生活の全てをささげなくとも、誰でも政治家をめざしてもらえるよう環境を変えたい。子どもたちが夢を持てる社会にしたいです」。

元気ある時代にしよう
国民的美少女
タレント 河北麻友子さん

 芸能界への登竜門「第9回全日本国民的美少女コンテスト」で、11歳のときに平成生まれとして初めてグランプリに選ばれました。

 アメリカ育ちの河北さんは、高校生になって日本で生活するまで元号を知らなかったといいます。病院の書類や、試験の答案に書く欄がありましたが、わからなかったので西暦で書いてしまったそうです。

 同世代の平成生まれを、「ゆとり世代」や「草食系」など元気がないように呼ぶ言葉もありますが、河北さんは「全然、元気です!」といいます。

 平成になってSNSやユーチューブなど、自分で発信する方法ができました。インターネットで世界中と簡単につながることができます。「自分次第で世界を広げて、活躍できる時代になりました。自分で考えて動く元気でしっかりした人が多い」と河北さん。

 好きなファッションの世界にも、時代の変化を感じるといいます。 有名ブランド「ルイ・ヴィトン」では、去年3月に初めて黒人のデザイナーが就任し話題になりました。最近は男性でメイクをする人もいます。男女の服のちがいもあいまいになりつつあります。「人種や性別にとらわれず、自分のやりたいことができる時代になる」と河北さんは考えます。

 「これからは自分の道を自分で選ぶ時代。がんばって力をつけて、次の世代を支えよう。より活気、元気のある時代にしたいですね!」

羽生選手や香川選手も
 井山裕太さんは囲碁プロ棋士として活躍していますが、将棋で平成生まれ初のプロ棋士となったのは、豊島将之さん(28歳)です。2007年、16歳でプロデビュー。現在は王位と棋聖の2タイトル保持者です。

 平成生まれ初の五輪メダリストは中村美里選手ですが、初の金メダリストは、男子フィギュアスケートの羽生結弦選手(24歳)です。14年、ロシア・ソチ五輪で金メダルにかがやき、18年の韓国・平昌五輪では2連覇を達成しました。

 「平成生まれ世代」の活躍は大相撲でも。15年5月の夏場所で、モンゴル出身の照ノ富士関(27歳)が初優勝。日本出身力士の中では、御嶽海関(26歳)が18年7月の名古屋場所で初優勝をかざりました。

 サッカーで、平成生まれとして初の日本代表入りを果たしたのは、香川真司選手(29歳)です。当時19歳でした。18年6月のFIFAワールドカップロシア大会でも得点を決めるなど活躍しました。現在はドイツ1部リーグのドルトムントでプレーしています。

 高校野球の監督としても、平成生まれが活躍する時代です。三重高校監督の小島紳さん(29歳)は18年春の選抜高校野球大会で、チームをベスト4へと導きました。平成生まれの監督が甲子園に出場したのは、小島さんが初めてです。


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