情報提供する側される側 意識に差あり |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年3月21日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
南米チリで2月27日に大きな地震が発生しました。ニュース映像からは、地震の揺れによる被害の大きさが伝わってきましたが、地震で怖いのは揺れだけではありません。今回の地震では、津波が発生し、遠く離れた日本にもやって来ました。そのスピードは平均するとおよそ時速75キロメートル。1時間で東京から札幌まで進む速さです。
実は、ちょうど50年前の1960年にもチリで大地震が起こり、今回よりもずっと大きな津波が発生しました。北海道、東北地方の太平洋側には最大で6メートルの津波が押し寄せ、142人の死者が出ました。この地震を教訓に、気象庁はハワイの太平洋津波警報センターなどと連携し、海外で発生した地震による津波に関する警報・注意報も出すようになりました。
それから50年。地震・津波に関する科学、観測技術は格段に進歩しました。そうした進歩のおかげで、今まではできなかった対策もできるようになっています。50年前には出せなかった津波に関する警報・注意報を、今回は津波が日本に到達する前に出すことができました。今回の津波では、養殖業など一部の産業に被害が出ましたが、犠牲者を出すことはありませんでした。ところがどうでしょう。今回は、警報や注意報の予報が実際よりも過大だったという理由で、気象庁は謝罪をしたのです。
津波に関する警報や注意報を出すのは地震や津波の専門家です。専門家は、どのくらいの高さの津波がいつ来るかを正確に予測することを目指します。しかし、警報や注意報は、災害による被害を避難などによって最小限にするために出すものです。素早い情報提供、そしてその情報に基づいた冷静な対応が求められます。今回の事例では、津波に関する警報・注意報に対して求めているものが人によって違うということが改めてわかったと思います。
津波に限らず、リスクに関する情報を誰がまとめ、どのように知らせるかは大きな問題です。今回のようなことを繰り返していれば、今後、警報を出しても「大したことはないだろう」と思いこみ、避難せずに被災してしまう人が出るかもしれません。
リスクに関する情報提供の問題と並んで、リスクに関する決定を誰がどのように行うのかというのも大問題です。たいていのリスクの場合、そのリスクに詳しい専門家がいます。しかし、今回の事例のように、警報を出す専門家と警報を受け取る人々との間では、重視する事柄が異なることがしばしばあります。より良くリスクに対応するために、専門家の知識を生かしつつ、でもそれだけではない決定の仕方はどのようなものになるでしょうか。こうした「私の研究している課題」はまだまだ解けそうにありませんが、少しずつでも答えに向かって歩みを進める日々を送っています。
リスクかかわる問題 誰が判断するか |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年3月7日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
「インフォームド・コンセント」という言葉を聞いたことがありますか? 薬の処方や手術など、医師や薬剤師などが行う医療行為に対して、それを受ける人やその代理として家族が、医療行為の内容やそのリスク、他の選択肢などについて十分に説明を受けた上で合意をしたり、あるいは合意せずに別の案を新たに探して合意を目指す、という考え方です。1997年に医療法という法律が改正された時、日本の法律に初めてこのインフォームド・コンセントという考え方が登場しました。
インフォームド・コンセントの根本にある考え方は、医療行為を受ける者が医療行為のリスクを自覚し、リスクだけでなく他の要素も考慮しながら、自らの判断で決定するということです。私は高校2年生の頃から花粉症をわずらっています。今年も2月中旬くらいから症状が出始めました。昔はそれほど選択肢がなかったようなのですが、いまではアレルギー反応を抑えるための内服薬が何種類もあります。いま私が処方を受けている薬を決めた時には、それぞれの薬について医師から説明を受け、実際に症状が緩和されるか、副作用は出ないかなどを観察し、最終的には私自身が選んだのを覚えています。
リスクのかかわってくる問題の判断は難しいものです。前に、リスクは良くないことを測るモノサシのようなものであり、良くないことがどのくらいの確率で起こるか、その良くないことがどのくらいの被害をもたらすかなどを測って、対策に役立てようというものだと言いました。手術の成功率などの場合、たいていはいままでに同じような手術でどのくらい成功しているかをもとに計算されます。10回中7回成功しているなら成功率70%などというふうにです。しかし、自分は何度も同じ手術を受けるわけではありません。たった1回の手術を受けるかどうかを決めるのに、確率を使わなくてはならないのは難しい判断です。降水確率を見ながら、傘を持っていくか持っていかないかを決めるのと似ていますが、雨に降られるのと手術に失敗するのとでは、深刻さがまったく違います。自分の命にかかわるものだからこそ、より慎重な判断が求められます。
しかも、その判断を専門家である医師など他の誰かに任せてしまうのではなく、自分で行うことをインフォームド・コンセントは求めていると言えるでしょう。
リスクがかかわる判断を誰が行うのか、そのリスクについてよく知っている人が行うのか、それともそのリスクによって被害を受ける可能性がある人が行うのか。これは私の学んでいるリスク学の中でも大きな問題だとされています。
大航海時代の勇気と商売心が「リスク」の語源 |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年2月21日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
みなさんは「リスク」という言葉を日常会話の中で耳にしたことがありますか? 確認できる限り、「リスク」を題名に含む日本語の本が初めて出版されたのは1961年ですが、「リスク」を題名に含む本がたくさん出版されるようになったのは90年代に入ってからのことです。そう考えると、「リスク」はまだ20歳くらいの新しい言葉とも言えそうです。
最近よく使われるようになった日本語の「リスク」は、英語の“risk”(リスク)を輸入したものです。その英語の“risk”も、フランス語の“risque”(リスク)を輸入したものだと言われています。そうやってもとをたどっていくと、初期イタリア語の“risicare”(リジカーレ)という言葉までたどり着くのだそうです。
この“risicare”が誕生したのは今から550年ほど前、コロンブスなど有名な探検家が大活躍した大航海時代が始まった頃だと言われています。当時使われていた“risicare”という言葉は、「勇気をもって挑戦する」という意味でした。船乗りたちが危険を承知の上で、絶壁の間を縫うように進んでいく光景が目に浮かびます。当時、ヨーロッパの船乗りたちは、海に「リヴァイアサン」と呼ばれる怪物がいると信じていました。リヴァイアサンは船の周りをぐるぐると泳いで渦巻きをつくり、最後には船ごとのみ込んでしまう恐ろしい怪物です。そんな怪物がすむ大海原へ進み出ること自体、勇気に満ちた行動だったと言えるでしょう。
やがて、船が比較的安全で重要な交通・運輸手段となった時、海上保険という新しい商売が始まりました。船は大切な荷物を遠くまで運ぶことができますが、嵐に遭って沈没するなど、目的地まで無事に着けないというリスクがあります。そんなことでは安心して船に荷物を載せられません。そこで、「少しの掛け金を払っておけば、船が途中で災難に遭い、無事に荷物を目的地まで届けられなかった場合に、その荷物の価値に応じた金額を補償する」という海上保険が17世紀末に誕生しました。とは言え、海上保険も商売ですから、もうけを出さなくてはなりません。そのためには、船が沈没してしまう確率などを知り、リスクを正確に把握する必要がありました。
このように、「リスク」という言葉や考え方は、船の誕生と密接にかかわっていると言えるでしょう。船乗りの立場からは「勇気を持って挑戦する」という視点が、船に荷物を載せる人や海上保険を営む人の立場からは「何とか損を減らす」という視点がうかがえます。言葉の使われ方を見ていると、どうも最近は後者の考え方が多いようです。しかし、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」(危険を冒さなければ成果を得られない)、「君子危うきに近寄らず」(君子=すぐれた人格者=は身をつつしみ、危険を冒さない)という2つの矛盾する考え方があるように、「リスク」にも同じ二面性があるのです。
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膨大な本、論文から始まる「答え」さがし |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年2月14日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
今回は、私や私と同じ研究室の大学院生の研究の進め方をリポートしてみたいと思います。
私が所属している「科学史・科学哲学」の研究室には、さまざまな興味関心を持った人がいます。私は、危険や安全などを「リスク」という考え方でとらえる最近の傾向が、なぜ起こっていて、それがどのような影響を与えているのかを研究しています。私の研究仲間には、環境保護という考え方の登場に科学者がどうかかわったのかを研究している人、科学の法則や理論はそれが世界の本当の姿を説明しているから正しいのか、あるいはそうではないのかを研究している人など、本当にいろいろな研究テーマの人がいます。
さて、このような興味関心を持った研究者たちは、どのように「答え」を探せば良いでしょうか? 実験室で実験して分かることではなさそうです。かといって、何もしないでただ思いついたことを言っていても、誰も「答え」とは認めてくれません。
研究のスタイルも人によってそれぞれですが、ひとつ共通して言えることは、本や論文、資料などをとにかくたくさん読みます。
まず、似たような興味関心を持った他の研究者たちがこれまでにどのような「答え」を出しているのかを知るために読みます。すでに他の研究者たちが行った研究は「先行研究」と呼ばれ、研究を進める上で、まず押さえておかなくてはならないものです。今までに研究されたことがなく、先行研究がないようなテーマもあります。そのような分野は自分でゼロから研究を始めなくてはならないので、先行研究があるテーマよりも大変です。逆に、先行研究がたくさんあるテーマも大変です。ほとんど研究し尽くされていますし、先行研究を読むことだけで一苦労だからです。
次に、先行研究が主張していることは本当に「答え」といえるかどうか考え、もし違うのなら、どうして違うといえるのか考えたり、その証拠をそろえるために資料を読んだりします。ここが腕の見せどころです。おそらくほとんどの研究にいえることでしょうが、すでにある研究と全く同じ主張では価値がありません。何か新しいことを主張したり、今まで正しいと思われていたことに疑問を投げかけてみたりすることで、1歩でも2歩でもまだ誰も歩いたことがないところへ踏み出す必要があります。これは高校までの「勉強」と大学での「研究」との大きな違いです。だからこそ、このプロセスが重要なのですが、一番難しいところでもあります。
そして最後に、自分の研究を発表します。たいていは、自分の研究内容をまとめた論文を書くことが最終的な発表となります。多くの場合、学術雑誌という特殊な種類の雑誌に論文を投稿します。投稿された論文は、雑誌に載せるだけの価値があるかどうか、同じ分野の研究者たちがジャッジします。掲載が認められると雑誌に研究成果が載り、以後の研究の先行研究となるわけです。
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インフルで追試やる? 感染率予想が鍵 |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年2月7日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
2月に入り、中学3年生の多くは間近に迫った高校入試にドキドキしているのではないでしょうか。緊迫した表情の3年生を見て、1年生や2年生までドキドキしているかもしれませんね。
今年の高校入試でドキドキしているのは、中学生だけではありません。本試験以外に追試験を行うかどうか、入試を実施する人たちもドキドキしています。なぜだか分かりますか?
そう。新型インフルエンザにかかってしまった受験生への対応をどうするか検討しているのです。
県立高校入試の新型インフルエンザ対応として、興味深い対応をとっているのは栃木県です。今年、栃木県では3月8日に県立高校入試の本試験が行われる予定です。しかし当日、インフルエンザを理由に受験できない生徒が多い場合には、追試験を行う必要があると考えられます。追試験を行うとなると、本試験と同じ問題を出すことはできません。追試験のために、まったく別の問題を用意しなくてはなりませんし、試験監督などももう1日必要となり、準備が大変です。
そこで、栃木県では追試験を行うか行わないかを3月1日に決定し、行うと決定した場合には3月12日に実施すると事前に決めました。では、3月1日にどのようにして追試験を実施するかしないかを決めるのでしょうか?
実は、天気予報のような、予想を使います。3月1日の段階で、3月8日に栃木県内の中学生のうち、どのくらいがインフルエンザに感染していると予想できるか、その割合が7〜8%を上回っている場合には追試験を実施し、下回っている場合には実施しないということをあらかじめ決めています。天気予報に例えると、インフルエンザの週間予報を立てて、雲ゆきがあやしかったら追試験をやる、という感じでしょうか。
このような対応の背後には、リスクの考え方が色濃く出ていると言えます。@インフルエンザを理由に受験できない生徒が発生してしまうのは受験生自身にとっても、試験を行う人にとっても、もっと一般的に、社会にとっても「良くないこと」であると考えられているAインフルエンザにかかってしまう受験生がいるかいないかではなく、何人くらいいるのか、その割合は何%なのかという「量で考える」ことB将来についての予想を立てて、「あらかじめ対応を決めておく」こと――これらはリスクの考え方と言えるでしょう。
受験生のみなさんは体調に気をつけて、受験勉強のラストスパートを頑張ってください。同時に、入試を受けられないというリスクから身を守るために、自分の志望校や自分の都道府県の教育委員会が追試験について、どのような対応をとっているのかをチェックしておきましょう。
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食品のリスク 「なじみがない怖さ」も影響 |
| 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 関谷 翔 |
(朝日中学生ウイークリー 2010年1月31日号から)
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| イラスト・阿部真理子(東京大学大学院工学系研究科 博士課程) |
お正月を迎えたばかりだと思っていたら、いつのまにか1月も終わり。時がたつのは早いですね。
先日、食品安全委員会が主催する「食品の安全性に関するリスクコミュニケーター育成講座」に参加してきました。同委員会は、国民の健康を守るために、スーパーマーケットなどで売っているさまざまな食品のリスクを測ることを主な仕事とする機関です。
リスクについて復習しましょう。リスクは、良くないことを測るモノサシ。良くないことがどのくらいの確率で起こるか、どのくらいの被害をもたらすかなどを測って、対策に役立てようというものです。リスクコミュニケーターとは、食品のリスクを測る人、食品を作る人、食品を流通させる人、食品を売る人、そうした食品の生産・流通・販売に携わる人を監督する人、そして食品を買って食べる人など、さまざまな立場の人たちが集まって、食品の安全性や安心な食卓について考えたり、話し合ったりする機会を増やしたり、そうした議論がうまく行えるように調整したりする人のことをいいます。こうしてコラムを書いて、みなさんと食品のリスクについて考えるのも役割の1つです。
ところで、お正月にお餅を食べましたか? 毎年お正月になると、お餅をのどに詰まらせて窒息死してしまうという痛ましいニュースを聞きます。窒息事故を起こしやすい食品として、お餅以外にもゼリー、あめ、パンなどがありますが、そうした食品のリスクを先日、食品安全委員会が試算しました。1億人が一口分ずつ食べた場合、窒息死亡事故が発生する頻度(人数)は、お餅で6.8〜7.6人、ミニカップゼリーで2.8〜5.9人、あめ類で1.0〜2.7人、パンで0.11〜0.25人。また、こんにゃく入りの固めのミニカップゼリーの場合が特別に計算され、0.16〜0.33人でした。この結果から、お餅が格段に窒息事故を起こしやすい食品だと分かります。
しかし、そもそもこの調査は、こんにゃく入りミニカップゼリーの安全性を疑問視するところから始まったものでした。
数としては20倍以上も危ないお餅よりも、なぜこんにゃく入りミニカップゼリーのほうが問題にされるのでしょうか。理由の1つは、日本人の食文化にあるでしょう。お餅は稲作の伝来とともに日本に入ってきたといわれ、日本人にとってなじみ深い食品の1つです。私たちは長い付き合いの中で、お餅がどのような性質の食品かを心得ています。それに比べ、こんにゃく入りミニカップゼリーは最近誕生した歴史の浅い食品です。なじみのあるものよりも、なじみのないもののほうが怖いものです。リスクというモノサシは、事故の発生件数だけでなく、なじみ深さなどの性質とも関係しているのです。
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