『戸塚教授の「科学入門」』
戸塚洋二/著
講談社、1470円+税
 おすすめする人 作家・瀬名秀明

 今年のノーベル賞は日本人の受賞者が相次いで、サイエンスの面白さを再発見した人も多いと思う。今回紹介する本はそんなぼくたちの心にもうひとつの火を灯らせる。ノーベル賞の有力候補と誰もが信じながら、本年7月にがんで亡くなった科学者の最後の著書だ。
戸塚洋二さんは、2002年にノーベル賞を受賞した小柴昌俊教授の弟子。スーパーカミオカンデという巨大な地下実験施設を小柴教授とつくり上げ、ニュートリノに質量があることを世界で初めて突き止めた。世の中には数式で理論を考える研究者と、実験で世界の成り立ちを発見してゆく研究者がいる。空手五段の戸塚さんは誠実な実験物理学者だった。実験は理論を裏づけるだけでなく、人が思いもしなかった宇宙の真理を教えてくれる。戸塚さんはそこに生涯を捧げた。
この本は戸塚さんが亡くなる15日前に記録されたインタビュー記事から始まる。続いては戸塚さんが最後まで丹念に書き記していた、これから科学を学ぼうとする人たちにその楽しさを伝えようとしたブログの文章だ。相対性理論の話も出てくるが、専門である物理学に劣らず、趣味だったという植物観察へのちょっとした疑問を追究してゆく話がとてもひき込まれる。
なぜ葉のかたちや枝振りは木によって少しずつ違うのだろう? 葉の形態の多様性はいまでもよくわかっていない未知の領域だ。山歩きの際の観察をもとに考察を重ね、こうしたらおもしろいことがわかるのではと実験プランを組み立ててゆく戸塚さんの語り口は、専門の物理学を超えてぼくたち読者に科学の本当の楽しさを教えてくれる。戸塚さんの呼びかけに応じて、本当に葉の研究を始める中学生もいるかもしれない。
宇宙はわかるよといい切ってしまったら面白くない。想像もつかなかったものを実験や観察で発見するのが科学の醍醐味、と最後に戸塚さんはいう。なんて素敵な言葉だろう。その意志を継ぐのはぼくたち読者だ。

(朝日中学生ウイークリー2008年12月21日号から)



パラレルワールド
ミチオ・カク/著
斉藤隆央/訳
NHK出版、2300円+税
 おすすめする人 作家・瀬名秀明

 いまから50年ほど前、アメリカに住んでいた8歳のミチオ・カク少年はアインシュタインの訃報に接し、アインシュタインが最後に物理学の大仕事を成し遂げようとして志半ばに亡くなってしまったことを知る。それは宇宙を統べる4つの力を統合する理論だった。

 本書は、以前に紹介した『ビッグバン宇宙論』の次に読むべき本だ。現代の宇宙論は、ビッグバン理論からさらに進んで、どこまで到達しているのか。その疑問への答えはすべてこの1冊に詰まっている。やがてミチオ少年は物理学者となり、「ひも理論」の第一人者となった。そして宇宙論を人々にわかりやすく伝える天賦の才能も開花させたのだ。

 最新の宇宙論は、確かに難しい。そうでなければ最先端とはいえない。でもミチオの本は他のどんな宇宙論の本よりもわかりやすく、ていねいで、わくわくするのだから、思い切って飛び込んでみるのがいい。4つの力のうち重力は電磁力よりもはるかに弱い。その証拠にこすった櫛は紙切れを持ち上げることができて、そのとき重力は打ち消されているのだ――と説明されれば、ほら、たったこれだけで、重力と電磁力のイメージが浮かぶではないか。

 だから好奇心だけを存分に膨らませて読み進めよう。まずはビッグバン理論のおさらいだ。そしてひとつの宇宙から泡のように別の宇宙ができているかもしれないというふしぎな理論が紹介される。別の泡はパラレルワールドなのだ。この多宇宙世界では何が起こっているのか? ぼくらの宇宙はこれからどうなるのか? なぜぼくらは別の宇宙ではなくこの宇宙に生物として生まれたのか? そしてミチオは最後にイマジネーションの限界へとぼくらを誘う。もしぼくらの宇宙が将来死んでしまうなら、ぼくらの子孫はどうなる? パラレルワールドへ脱出できないだろうか?

 アインシュタインを超え、ミチオを超えて、4つの力を統合させる未来の科学者はきみかもしれない。

(朝日中学生ウイークリー 2007年3月18日号より)



教えて!! Mr.アインシュタイン
ジャン=クロード・カリエール/著
南條郁子/訳
紀伊国屋書店、1600円+税
 おすすめする人 作家・瀬名秀明

 タイムマシンに乗って過去へ行き、有名人に会って思う存分に話を聞いてみたい、と夢想したことはないだろうか。本書はまさにそんな思いを募らせた作家が書いた小説だ。作者は映画の脚本からダライ・ラマとの対談まで、山のような仕事をしてきた才人。そんな人が描くアインシュタインは、どんな言葉で語りかけてくるのだろうか。

 物語は路面電車が走る中欧の街並みで幕を開ける。ひとりの女子大生が古いビルの2階に行き、そこで長いこと暮らしているアインシュタインにインタビューをするのだ。彼は時空を超えてしまっているのかもしれない。女子大生は論文のために部屋を訪れたのだが、彼女は歴史的人物を前にして、過度に緊張もしなければ媚びもしない。純粋な興味と誠実さでアインシュタインの言葉をありのまま聞き留めようとする。だからその会話が心に響くのだ。

 3つの重要な論文を発表した奇跡の1905年に何があったのか。相対性とは。神についてどう考えるのか。女子大生は、原爆の責任や、世界に何を望むのかといった個人的な思いについても訊ねてゆく。アインシュタインはときに呟くように、ときに熱心に答えてゆく。でも彼はこの部屋に閉じ込められて、これまで無数の取材を受けてきたのだ。彼はそのたびに苦渋の告白を続けてきたのだろうか。彼は原子力によって地獄の扉を開いてしまったのか。しかしここに閉じ込められたアインシュタインは、まるでそういった人々の苦しみに力を貸そうとする菩薩のようだと女子大生は思う。

 彼女は最後に、現代の宇宙論についての疑問をぶつける。自分は将来子どもを産むかもしれない、だから自分がどういう世界に生きているのか知りたいのだと。このとき彼女はひとりの人間としてアインシュタインと向き合う。それは同時に読者がアインシュタインと向き合う瞬間なのだ。彼がどう応じるのか、あなた自身で確かめてほしい。静かな余韻の残る小説だ。

(朝日中学生ウイークリー 2007年1月21日号より)

わたしも読みました!

東大院生・うっちい
 物理ってどんな学問か、知っていますか?単純に言ってしまえば、数式で世界を解き明かしてしまおうという学問です。物理学の進歩は世界の解釈の変遷にも等しく、そのため私たちの世界観が物理によって大きく揺さぶられることも起こります。 主人公の女性は、科学の本を読んでいるうちに、人間が広い宇宙のなかのちっぽけな存在にように感じ、世界が実在するのかも疑わしく思えてしまったようです。それでも、自分の生きている世界を理解したい。そこで彼女は、「時空は歪む」という学説を打ち立てた科学者、アインシュタインの元を訪れます。彼は「世界は実在する」といい、世界の実在を危うくするもうひとつの学説は受け入れがたいものだといいます。

 舌を出した天才科学者のイメージは、この本によって、ひとりの生きた人間の姿に変わっていくことでしょう。すぐには理解できない部分もあると思いますが、気になるところにしおりをはさみつつ、挑戦してほしい本です。中学生のみなさんの感想をきいてみたい!



世界でもっとも美しい10の科学実験
ロバート・P・クリース/著
青木薫/訳
日経BP社、2000円+税
 おすすめする人 作家・瀬名秀明

 「美しい」って、どういうことだろう。ぼくたちは芸術作品を見て胸をうたれ、美しいと感じることがある。では美しい科学実験とはどういうものだろう。それは骨董品の善し悪しを見抜くようなもので、ごく少数の目利きでないとわからないものだろうか。

 そうではない。きっときみにも科学実験の美しさを感じ取れる。この本は世界中から寄せられた意見を元に10の物理学実験を選び出し、それぞれの本当の美しさを解き明かす。影の長さを測定することで地球の外周を4万キロメートルと概算したエラトステネス、ピサの斜塔の伝説になったガリレオの研究、プリズムの組み合わせで光の本質を捉えたニュートン、フーコーの振り子。あちこちで見知ったはずの実験に、これほど面白い裏話があったのかと驚くに違いない。それほど著者クリースさんの筆致は見事なのだ。実験現場にいるような臨場感があり、研究者たちの人生の歓びと悲哀も伝わってきて、本書自体が比類なき美しさをたたえている。

 最後に登場する10番目の実験は、量子の世界で生じる想像を超えた現象を見せつける二重スリットの実験だ。白黒の写真に縦縞の干渉パターンが浮かび上がるだけだが、その静けさは本当に美しい。クリースさんはこの実験についての映画も紹介していて、ウェブでも視聴できるのでぜひ観てほしい。日本の量子物理学者、外村彰先生がつくった映画もある。この映画を語るときのクリースさんは、決して声高には感動を叫ばない。涙も共感も強要しない。それなのにクリースさんの魂が熱く震えているのがわかるのだ。

 各章の合間に挟まれたエッセーもいい。科学の精神とその奥深さを、これほど気高く語れる人が他に何人いるだろう。

 最後にクリースさんは問う。「もし実験に美があるなら、それは美にとって何を意味するのだろうか?」──本書を読み終えるとき、きみは「美しさ」の本当の意味を知るだろう。そして世界が変わるはずだ。

(朝日中学生ウイークリー 2006年12月17日号より)

わたしも読みました!

東大院生・かずみ
 美しい科学実験、そんなものがあるのだろうか? そこで使われている“美しい”という単語は、科学者だけにしかわからない感覚なのではないか?

 このタイトルを目にしたとき、そう感じてしまう人もいるかもしれない。けれど、科学が好きな人はもちろん、苦手と感じている人にもぜひ読んでみてほしい。ここには、10人の科学者たちが行った科学実験を通して、科学の様々なとらえかた、哲学とも呼べるものが、色とりどりに描かれている。

 高名な物理学者リチャード・ファインマンは、友人の芸術家にこう非難されたことがあった。「芸術家は花の美がわかるが、科学者は花の一部だけを見て、冷たく生命のない物質にしてしまう」と。ファインマンはこう答えた。「科学の知識は、花を見て楽しくなる気持ちや、なぜだろうと思う気持ち、そして畏怖(いふ)の念を強めてくれるものなのだ」。

 科学は、自然を無機質で味気のないものに変えてしまうものではなく、生命の神秘を知り、美しさを感じることができるひとつの手段なのだ。

 もちろん、科学をどうとらえるかは、人によって千差万別だ。けれどきっとこの本を読むと、今あなたが考えている科学とはまたひとつ違ったとらえかたが見つかるはず。ぜひ手にとってみて欲しい1冊だ。

 

◆ 「東大研究室」過去の掲載記事
◆ 中学生におすすめ 科学の本、映画

◆ 大学院生の案内で、朝中読者が東大研究室を訪問しました。

   2007年8月26日号

   2008年4月13日号

   2009年4月19日号

 

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