 |
|
楽園の日々 |
 |
アーサー・C・クラーク/著
山高昭/訳
ハヤカワ文庫、840円+税 |
おすすめする人 作家・瀬名秀明
アポロ11号の月面着陸の瞬間も、ケネディ大統領暗殺のニュースも、全世界の人は同時にテレビの衛星放送で体験した。人工衛星を使えば世界中にテレビ中継できるというアイデアを1945年に初めて発表したのは、後に宇宙科学の解説者として頭角を現すことになる28歳のアーサー・C・クラーク青年だ。彼はやがて「アスタウンディング」(びっくり仰天の意味)という風変わりな名前の雑誌にSF小説を発表し、今年91歳で亡くなるまで、人類と宇宙の未来について、ユーモアと情熱と少しばかりの皮肉を込めて多くの人に語り続けた。
この本はクラークが13歳で雑誌「アスタウンディング」と出会い、たちまちのめり込んでいった夢のような幸福の日々をつづった記録だ。百年前の人なら現代の小説を読んで、そこに書かれた科学技術に目を丸くするだろう。ならば驚くような未来の姿を小説で見せてあげよう。そんな意図で発刊されたこの雑誌はクラーク少年を虜にした。
クラークはこの雑誌で読んだ小説の感想をひたすら書きつづってゆく。それがめっぽう面白いのは、彼がいつもわくわくするような物語と本当の科学を求めてやまない情熱を持っていたからだ。彼は宇宙が好きだったから、小説中の宇宙物理学の記述にはとことんこだわって、ときにはダメ出しもしてみせる。しかし一方では物理法則など蹴散らしてしまうようなダイナミックな空想物語や、ぞくぞくするほどの荒唐無稽なホラーに魅せられている。
やがて戦争が起き、空軍に所属してもクラークの熱は収まらない。海外の友人から毎号郵送してもらってむさぼり読み、最先端の科学記事を見つけては興奮する。技術者へと成長した彼はロケット開発者たちとも交流を深めてゆく。そして終戦後、SFは黄金期を迎え、クラークもSF作家としてデビューするのだ。
次はぼくたちが物語と科学技術で世界を変える番だ。彼はきっとそう願っている。
(朝日中学生ウイークリー2008年7月20日号から) |
|
一年中わくわくしてた |
 |
ロアルド・ダール/著
評論社、1000円+税 |
おすすめする人 作家・瀬名秀明
ロアルド・ダールは不思議な作家だ。ぼくの場合、『チョコレート工場の秘密』の作者というよりも、まずは大人向けのミステリアスな短編小説の書き手であり、中学生のころから新しい読書の世界に入る際の指南者でもあった。最近になってぼくがパイロット免許を取ったら、彼がかつて飛行機乗りであったことがとても気になり始めた。
今回紹介するのは、そんなダールらしくいつもとは少し毛色の違った本だ。彼の死後に発表された小品で、庭や自然に囲まれた小さな我が家での1年間がつづられている。しかしそこにはダールの記憶とこの世界のすべてが溢れているのだ。
まずは1月、彼が家に蒐集してきた小物たちが並べられてゆく。そして1月の終わりにスノードロップの花が咲き、そこから生き物が次々と登場してくる。鵲を飼い馴らした話。モグラの毛皮がビロードのように柔らかいこと。5月には郭公がやってくる。その生態があまりにもいきいきと目に浮かんでくることにびっくりして、この本の魔法がわかった。訳者の柳瀬尚紀さんは鳥や植物の名前をなるべく漢字で表記し、そこにふりがなを振ったのだ。自然を自然のままに観察し、そこに人間の機知を加えて描写したダールの文章だからこそ、漢字というビジュアルな表現がぴたりとマッチする。こんな薄い本の中に、ぼくたちは世界そのものの驚きを感じ取れる。
ダールはイラストつきのポケット図鑑をいつも手にしながら家の周りを散策している。きっと生き物を見つけたら図鑑をめくって、その名前をいつも確かめていたのだろう。10月に渡り鳥の大群がやってくると、ダールは椋鳥、黒歌鳥、鶫、深山烏、雲雀と野鳥の名を並べてゆく。それが無味乾燥なリストではなく、心地よい言葉の音色と共にその姿さえ心に響いてくるのは、野鳥の図鑑を片手に空を見上げ続けてきたダールの一生がページに息づいているからだ。ああ、もっと本を読みたい、と思う瞬間だ。
(朝日中学生ウイークリー2008年2月17日号から) |
|
星をまく人 |
 |
キャサリン・パターソン/作、岡本浜江/訳
ポプラ社、1300円+税 |
おすすめする人 作家・瀬名秀明
”「天文学はもっとも古い科学で、記録された文明の黎明以前から存在している」エンジェルは生まれてからずっと息を止めていたくらい大きなため息をついた。今あたしは、自分だけの冒険にのり出そうとしているのだ。「記録された文明の黎明以前」に”
これは来年公開の映画『テラビシアにかける橋』の原作者パターソンさんが贈る、天文学と勇気の物語だ。主人公の少女エンジェルはもうすぐ12歳。両親は問題を抱えていて、小さな弟と曽祖母の家に預けられてしまう。そこで彼女はふしぎな星のおじさんと出会い、望遠鏡で銀河を観察し、夜空を見上げることで、学校や家庭の厳しい現実にも胸をはって立ち向かう。
ぼくたちの体は、夜空で光る星と同じ材料でできている。この事実がエンジェルにひとつの希望を与える。彼女はいつも北の空で動かない北極星を仰ぎ、自分もしっかり明るく輝いてゆこうと決意する。
彼女の心を他方で支えるのは、図書館のリザさんがお薦めするH・A・レイやピーター・シスの天文絵本だ。なんて素敵な本を選ぶのだろう、と嬉しくなってしまう。きっと皆さんも『ひとまねこざる』で有名なレイの絵本は子どものときに読んだはずだし(レイは星が大好きだった)、シスは本書で紹介されているガリレオの絵本だけでなく科学に関する流麗な絵本を出しているから、きっと書店で手に取ればたちまち魅了されることだろう。文字を持たなかった大昔の人々は空の星々をつないで物語を描いた。いまぼくたちは文字で書かれた物語をきっかけに空を見上げ、次の本へと心を広げることができる。
パターソンさんは人間の死をきちんと描く作家だ。しかし星のかけらであるぼくたちが、夜空で光を放つ星と同じく体の中で燃えているのだということを、はっきりと教えてくれる。
星はただ輝くだけだ。しかしそれを見て心を動かすのは、誰もが持つ普遍の力なのだと本書は伝えている。
(朝日中学生ウイークリー2007年12月16日号から) |
|
夜の来訪者 |
| プリーストリー/作、岩波文庫 |
おすすめする人 東大院生・べえ
原因という名の犯人さがし
家族で娘の婚約を祝う夜、警部を名乗る来訪者が若い女性の自殺を告げた。そして家族の誰もがその女性の自殺に少しずつかかわっていたことを明かしていく。
でも誰かが決定的に悪いというわけではない。『夜の来訪者』は、こんなときいったい誰が犯人なのかと我々に問いかける。
全員が悪い、いや誰も悪くない、と家族で議論しているうちに物語には大どんでん返しが訪れる……。
科学も原因という名の犯人を日々追いかけている。物語の犯人探しと同じで原因を突き止めるのは実はとても難しい。そもそもこれが原因だ、と呼べるものなんてないのかもしれない。例えば恋人との別れの原因。一つだけじゃないよね。
原因を突き止める以外の方法で『夜の来訪者』が突きつけたたぐいの問題を理解する。そんな大どんでん返しのやり方があるのではないかと、ときどき、本気で考えている。 |
|
グスコーブドリの伝記 |
| 宮沢賢治/著、新潮文庫など |
おすすめする人 東大院生・みやび
これは、宮沢賢治の童話作品です。冷害による飢饉でひとりぼっちになったブドリは、一生懸命に勉強して火山技師になり、自然災害に立ち向かいます。ブドリの成長を通して、自然の一部として営む人間の姿が描かれた作品です。
ブドリが、ある偉い博士を訪ねる場面があります。「工場の煙突から出るけむりには、どういう色の種類があるか。」と博士がブドリに問題を出します。するとブドリは、「黒、褐、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」と答えます。それぞれの色がけむりの中のどんな成分を表しているか、分かりますか?
宮沢賢治は、童話作家、詩人として知られていますが、学者としての一面も持っています。そして、作品の中にも科学的な描写が数多く潜んでいます。そんな描写を探しながら読んでみるのはどうでしょうか。今まで気づかなかった、新しい宮沢賢治の世界が見えてくると思いますよ。 |
|
星新一 一〇〇一話をつくった人 |
 |
最相葉月/著
新潮社、2300円+税 |
おすすめする人 作家・瀬名秀明
ぼくが中学生のとき、昼食時に放送部が星新一のエッセーを朗読で流した。高校になって、同級生が文化祭で寸劇を演じた。後でそれは星新一の小説だと知った。大学で薬学部に進んでから星新一の『人民は弱し 官吏は強し』を読んだ。製薬会社の社長だった彼の父親を描いた本だ。
星新一の本は古びない。だからぼくたちの行く先々でそっと待っていて、本当に大切なときに本の楽しみへと連れ戻してくれる。
きみはいま、『ボッコちゃん』のような短い話を次から次へと読みあさっているかもしれない。星新一のノンフィクションは難しそう、読みたくもないって? いまそう思うなら読まなくてもいい。でもこの最相さんが書いた星新一の伝記は、どこか目に見えるところに置いていてほしいんだ。
きっと近いうちに、きみはこの本に手を伸ばしてページをめくる。ハンサムな星新一や、便箋の裏にびっしり書かれた『ボッコちゃん』の下書きの写真に驚くかも。興味が湧いたら、読み始めてみてほしい。星新一が癌の宣告を受ける場面から始まる。1001編のショートショートを書いた作家の生涯の淡々とした物語が、そこから始まる。
この評伝はまるで天から届けられた星新一の新作ノンフィクションのようだ。厚い本だけれど、きみは呼吸するように読み進めてゆくだろう。突然亡くなった父の借金を背負い、江戸川乱歩に認められて作家デビュー、やがてSF界の殿様と呼ばれ、本は売れても評論家からは相手にされなくなってしまう。彼はノンフィクションの仕事で父や日本初の解剖学者である祖父など自分のルーツを辿りながらも、1001編の完成へ向けて歩んでゆく。
厚い本だからゆっくり読んでゆけばいい。でも読み終えたとき、きみはきっと星新一のノンフィクションも読みたくなっている。そして星新一の小説が、そして本というものが、もっと好きになっているだろう。
(朝日中学生ウイークリー 2007年5月20日号より) |

Science Potについての意見や感想はこちらへ weekly@asagaku.co.jp |