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場所
東急東横線、JR横浜線の菊名駅から歩いて10分の静かな住宅地。坂をのぼりきった高台にあります。富士山や南アルプスの山々、ランドマークタワーが見えます。地域の人たちに大事にされてきた学校です。たてぐやさん、たたみやさんなど昔ながらの職人さんも多く住み、町全体が生きた学習の場になっています。
歴史
1951年に大綱小から分離独立しました。67年に火事で校舎がほぼ全部焼けてしまいましたが、次の年に新しい校舎ができ、再出発しました。
名所
学校周辺のサクラはみごと。花見の名所になっています。
校長先生
酒井勲先生。
児童
720人、23クラスです。
交流
たてわり遊びや、兄弟学年での活動がさかん。異学年の子たちが屋上でいっしょに給食を食べたり、運動会の種目でまじわったりします。去年秋の遠足も兄弟学年で出かけました。たとえば2年生と5年生は「2525(にこにこ)遠足」と名づけ、四季の森公園で楽しく遊びました。
校舎
校舎は3つ。第1校舎の1階から歩いて第2校舎に行くと、そこは2階。また、第1校舎の2階から渡りろうかを通って第3校舎に行くと、4階なのです。「まいごになる人が多いです」と校長先生。斜面にたつ学校ならでは、の配置です。
通りゃんせ
むかし農道として使われていた道が敷地内を通っています。いまも生活道路として地域の人たちが利用していて、子どもたちとのふれあいの場にもなっています。
学援隊
一方で子どもたちの安全を見守ることも大事です。昨年度から地域の方や保護者120人が「学援隊」をつくり、3交代で敷地内や校舎内をパトロールしています。黄色いベストがめじるし。背中には子どもたちがつくったシンボルマークをつけています。お昼の時間にかかる人は、子どもたちといっしょに給食を食べていきます。活動を通して、もっと学校を知ってもらおう、というねらいもあるのです。
毎朝
近所に住む鈴木アサ子さんは、学校の中を通る生活道路の清掃を毎朝、続けています。6時ごろから2、3時間。サクラの花びらや落ち葉をはいて集めると、多いときはビニール袋で十袋にもなります。
22年
55歳で会社を定年退職してから始め、5月で22年になります。「きれいな道で、気持ちよく過ごしてもらいたくて。最近ヒザがちょっと痛くなるときがありますが、かぜはひいたことがありません」
市場から
年に数回、給食の魚が中央市場から直送されてきます。校長先生が市場の人と知り合いだったので実現したのです。去年はサワラとサバが届きました。前日まで海で元気に泳いでいた魚です。
魚にギョ
調理する前の魚を、栄養士の吉野純子さんが子どもたちに見せました。高学年でも魚の切り身しか見たことがない子が半数いるのです。「魚にも歯がある」「おなかがプニプニとやわらかい」。さわったり、おどろいたり、感動したり。冷凍の魚とはくらべものにならないおいしさもおどろきでした。「ことしもおいしいサワラが入ってきますよ」と吉野さん。
まごころ
地域の方や保護者が読み聞かせボランティア「まごころの会」をつくり、活動しています。「孫・子・老人の3世代が本を通して結びつく」という願いが会の名前にこめられています。月に2回、各クラスに入って本の読み聞かせをしています。3月には、子どもたちがお礼に「感謝の会」を開きました。
菊名新聞
町内会が年に4回、新聞を発行しています。菊名小の話題や子どもたちの声などもよく取り上げられます。
投てき板
20年前に絵を描いた先生が久しぶりに菊名小を訪れ3月に3日間かけて塗り直してくれました。
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