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大脇 和明記者(朝日新聞 橿原支局)
最近、キトラ古墳についての記事をよく見るわ。
こんど壁画をはぎ取ることになったらしい。
「8月にはぎ取り」って新聞に書いてあったわね。
キトラ? へんな名前だね。
奈良県明日香村のキトラ古墳のことだね。話題になっているのは古墳の中の石の壁にかいてある絵のことなんだけど、まずはキトラ古墳を説明しようね。
1300年前の壁画 傷みがひどく修復へ
守り神や十二支に天文図
盗掘で外気にふれ雨水も
――キトラ古墳はいまから約1300年前(飛鳥時代から奈良時代にかわるころ)につくられた古墳なんだ。
ケン 古墳ってお墓のことだよね。
――そう。当時の天皇家の人や総理大臣のような高い地位の人の墓だろうっていわれている。おわんをかぶせたような直径14メートルの円墳なんだ。
ジャン 壁画はどこにかいてあるの?
――古墳の中に石室という大人ひとり入るくらいの、小さな石でかこまれた細長い部屋がある。その東西南北の壁と天井にかいてあった。
ケン どんな絵なの?
――東の壁に「青竜」、北の壁にカメとヘビがからみ合う姿の「玄武」、西の壁に白いトラ「白虎」、南の壁に赤い鳥「朱雀」、そして天井に「天文図」がかいてある。
パパ 十二支のトラもいたよね。
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| キトラ古墳の石室の天井にえがかれた天文図(写真はどちらも文化庁提供) |
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| 北壁の玄武(部分) |
――パパさんはくわしいですね。青竜や玄武は「四神」という、古代中国につたわる方角の守り神で、4つの壁にはネズミやトラ、イヌとか十二支の動物の顔と人間の体を持つ絵がかいてあった。十二支の考え方も中国からつたわったものだから、キトラ古墳の壁画は大陸文化の強い影響を受けたものといえるね。
ポン トラが多いから「キトラ」っていうの?
――古墳のある場所「北浦」がなまったといわれているよ。
ジャン 絵はどうして消えたの?
――1300年も昔にえがいた壁画だから色あせてきたこともあるけど、鎌倉時代(1185〜1333年)に盗掘された時に石室がこじ開けられた。盗賊が石室をあらし回って壁画に傷をつけたとか、外の空気や雨水が流れこんで壁がひび割れたり泥をかぶったりしたっていわれている。
ケン 盗賊って泥棒だよね?
――石室におかれた豪華なひつぎとかに、宝石をちりばめた首飾りや刀などの宝物がおさめられていた。つい1か月くらい前の石室の発掘調査で人の骨も見つかったんだ。でも宝物はほとんどぬすまれていた。
ママ 残念だわ。
天井に満天の68星座
壁からはがし外で「手術」
パパ でも壁画がのこっていたのはすごいね。同じ明日香村の高松塚古墳にも壁画があるけど、どうちがうのかな。
――高松塚の壁画には飛鳥時代の人たちがえがいてあった。「飛鳥美人」とよばれ有名だね。キトラの壁画には、当時の人物の絵はないけれど、高松塚にない朱雀の絵があったし、キトラの天文図はプラネタリウムみたいに68個の星座がえがいてあった。
ケン 両方とも貴重なんだね。それで、壁画をはぎ取るっていうのは?
――壁画は、石の壁の上に白いしっくい(天井や壁にぬる材料)をぬりかため、その上に絵がかいてあるんだけど、青竜と白虎の絵は傷みがひどくて、しっくいが石の壁から3センチくらいうき上がっている。大きな地震がきたら落ちてこわれるかもしれない。
ジャン 落ちる前にはぎ取るのね。
――そう。まず落ちそうな部分を壁からはずして、外で修復する。重病の患者を病院に運んで手術するということかな。
ポン ちゃんとなおるかな。
――かんたんではないけど、なおしてほしいよね。日本の宝だから。元気になった姿をぜひ見せてほしいね。
キトラ古墳の調査
キトラ古墳の石室に壁画があることがわかったのは1983年のこと。高松塚古墳についで2例目の発見となった。98年、2001年には小型カメラでよりくわしい写真が撮影され、ことし1月からは壁画の修復のための調査がつづいている。7月、高画質のデジタルカメラで撮影した壁画の写真が公開された。 |
(04年7月24日)
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