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| 衆院厚生労働委員会で、臓器移植に関する質問に答える法案提出者ら=5月27日、国会で |
心臓や肝臓などの臓器を、「脳死」と判定された人から取り出して移植する基準を定めた「臓器移植法」。その改正案が国会で議論されています。特に子どもの臓器移植の可能性を広げよう、というのが焦点の一つです。16日にも衆議院本会議で採決される見込みですが、脳死は人の死なのか、一人一人の死生観にも関係する難しい問題だけに、どんな結論になるか見通せません。
脳の機能を損なっても装置で呼吸できる
現行法は臓器提供の意思表示で「人の死」
Q そもそも「脳死」ってどういうことなの?
A 脳には、呼吸や血液の循環をつかさどる脳幹という部分がある。事故などで脳幹が損なわれると、人は呼吸が止まり、息を引き取る。つまり多くの人が考える「死」を迎える。だが、脳全体の機能が損なわれても、人工呼吸器などの生命維持装置を使うと、ある程度の期間、だいたい数日から1週間は呼吸や血液循環を保てる。体は温かいし、まるで眠っているような状態。これが「脳死」といわれる状態で、いずれ心臓が停止する。
よく誤解される「植物状態」は、ものを考える大脳の機能が損なわれても脳幹機能が残っていて、装置無しでも自分で呼吸できる状態だ。
Q 体が温かい! それでも死んだことになるの?
A 脳死を人の死として認めるかどうか。実は、臓器移植法の最大の論点がまさにこれだ。そもそも脳死が議論されるきっかけは臓器移植の必要性からだった。心臓や呼吸が停止してからでは臓器の損傷が激しくなり、移植に適した臓器を得にくい。一方、移植さえすれば助かる患者が数多くいる。脳死が人の死ならば、この段階で臓器を摘出して他の生命に生かしても良いのではないか、というのが出発点だ。
いまの法律は1997年に施行されたが、議論は89年から始まった。首相の諮問機関「脳死臨調」は92年に「脳死は人の死」と報告書をまとめたが、国会で議論される中、「まだ社会的合意ができていない」として結局、法律は本人が生前に書面で臓器提供の意思表示をしていた場合にのみ脳死を人の死とする、「条件付きの死」とした。だから今回の改正案でも、あらためて脳死が人の死なのかどうかが議論されているんだ。
WHO 海外での移植規制する見通し
日本 子どもの臓器提供可能にしたい
Q なんでいままた議論になっているの?
A 世界保健機関(WHO)が、海外での移植を規制する見通しになったんだ。日本では法の施行以来、脳死移植は81件のみ。一方で米国などで移植を受けた日本人は500人以上にのぼる。特に子どもの心臓移植は、日本で受けられる機会はまず無いだけに、海外に頼っている。
Q え、どういうこと?
A いまの法律では15歳未満からの臓器提供を認めていないから、病気の子どもの心臓に合ったサイズの心臓が提供されない。法律では本人の意思表示を前提にしたので、意思表示ができる年齢を決める必要があり、それを民法で遺言ができると定めた15歳にした。これが今回の改正案の論点にもなっている。
改正案は4つある(上表参照)。特に注目されているのがA案とD案。A案ではまず「脳死を人の死」と位置づけて、「脳死を自分の死とは認めない」と宣言できる制度を設けたうえで、年齢制限をなくしてゼロ歳児からも臓器提供できるとした。「脳死を人の死」と一般化するのはまだ無理という立場に配慮したD案も、やはりゼロ歳児から移植を可能とした。いずれも国内での移植の可能性を広げる狙いだ。
「人の死とは?」の難しい問い
どの案にも賛否 深い議論を
Q 結局、どの案が可決されそうなの?
A A案は死の概念を根本から変え、社会的影響が大きい。D案には「親なら必ず子どもと死生観が一致するというのか?」など、どの案にも賛否があり、採決で過半数は無理ではないかとみられる。
いまの法律制定時と比べても今回は議論時間が非常に短く、国民的議論が盛り上がっているともいえない。一人一人の死生観がからむ難しい問題だけに、もっと議論を深めた方がいいのではないか。
(星野 哲・朝日新聞記者)
2009年6月14日
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