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北京五輪聖火リレー妨害や開会式不参加
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| 3月の騒乱は自治区から、四川省、青海省などのチベット族の多い地域へ広がりました |
中国チベット自治区で起きた騒乱をきっかけに、北京五輪の聖火リレーを妨害したり、開会式出席を取りやめたりする動きが広がっています。武力で鎮圧した中国政府に対する、抗議の意味がこめられています。波紋を広げる騒乱は、なぜ発生したのでしょうか。
独自文化持つ民族の「自治区」
武力で鎮圧、人権の軽視と批判
Q なぜ聖火リレーに抗議してるの?
A 人権重視の立場から、欧米を中心に中国への批判が高まっているんだ。採火式のあったギリシャや、リレーのあったロンドンでは走路妨害が起きた。インドでは警戒のために走路を短縮するほか、サッカー選手が参加を辞退した。日本にも4月26日に長野に聖火がやって来る。
Q 開会式に出ない国もあるの?
A 米国議会内には、ブッシュ大統領に不参加を求める議論が起きている。すでにポーランド首相が式典欠席を表明し、フランスのサルコジ大統領も「(不参加の)選択肢があり得る」と語っている。ただ、出席辞退が中国の姿勢をさらに硬くさせてしまう心配もあり、「(外交を通じて)チベット側との対話をうながしたい」(スウェーデン外相)という慎重な意見が多い。日本も同じ立場だ。
Q そもそも騒乱はなぜ起きたの?
A 直接のきっかけが何か、中国政府とチベット側とで言い分がくい違って分からないままなんだ。中国側は「チベット人の不法分子が計画し一般市民を襲った」と主張し、チベット側は「警官がデモをしていた僧侶に暴行を加え、拘束した」と対立している。
犠牲者の数でさえ、中国側の「一般市民ら19人」に対し、チベット側は「チベット人80人以上」と差は大きい。ただ、騒乱が拡大した背景に、一般のチベット住民が中国政府に対して抱く不満があるのは確かだろう。
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| 聖火リレーを妨害しようとした男性(左)を連れ出す警官ら〓六日、ロンドン中心部で |
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| ダライ・ラマ14世 |
Q 不満って?
A チベットには独自の言語や宗教を持つチベット族が暮らす。彼らは中国の多数を占める漢族とは違う民族だ。中国国内の「自治区」とされているものの、中国政府の統制の範囲内の自治でしかない。その上、2006年に青海チベット鉄道が開通し観光地化が進むと、大量の漢族が入ってきた。チベット側に「独自文化が失われる」という危機感が高まっていたんだ。
大戦後の中国支配に住民反発
崇拝するダライ・ラマは亡命中
Q チベットと中国との間にはどんな歴史があるの?
A 清朝の時代は、皇帝はチベット仏教を信仰し、宗教指導者である歴代のダライ・ラマを尊重したんだ。宗教的権威を権力の後ろ盾にする意味もあった。そのため、チベットは清朝の影響下にあると同時に、ダライ・ラマという独自の指導者を持つ特別な地域だった。その後、隣接するインドを植民地にする英国の影響も受けるようになる。
Q 今の中国との関係は?
A 第二次世界大戦後、現在の中華人民共和国ができた。新中国はチベットを自らの領土として1951年、中国軍にラサを占拠させた。支配に反発し、59年にチベット人の抗議運動が広がり、動乱が起きた。この時、ダライ・ラマ14世がインドに亡命した。この動乱が発生したのが59年3月10日。チベットにとっては特別な日で、今回も3月10日に僧侶たちがラサでデモを行い、同14日の騒乱の呼び水となった。
Q ダライ・ラマ14世ってどんな人なの?
A 宗教指導者であると同時に、政治指導者でもある。観音菩薩の生まれ変わりと信じられ、「活仏」(生き仏)としてチベット人の崇拝の対象だ。現在はインド北部ダラムサラにある亡命政府で活動している。やはりチベットで騒乱が起き鎮圧された89年、非暴力運動を唱えてきた姿勢が評価されノーベル平和賞を受賞した。
Q これからどうなるの?
A 中国は今回の騒乱を、ダライ・ラマ側が計画した「破壊活動」だとしている。一方、ダライ・ラマは「チベット人の自発的な抗議」と否定し、自治権の拡大を求めて中国政府に対話を呼びかけている。だが、中国側は「国家分裂をねらっている」と応じない姿勢だ。出口の見えない状況が、チベットの人々をさらにいら立たせ、過激化させる悪循環をもたらしている。
(西本 秀〓朝日新聞 外交・国際グループ)
2008年4月13日
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