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捕鯨問題 推進派と反対派の対立続く

日本の捕鯨船に侵入した活動家を拘束
年間千頭もの調査捕鯨に抗議

 1月15日、南極海を航行していた日本の捕鯨船に、米国の反捕鯨団体の活動家が侵入、日本側に拘束される騒ぎがありました。この1件で日本は、捕鯨に反対している欧米やオーストラリアから非難を浴びました。クジラがこれほどの問題となるのは、なぜなのでしょう。

 2007年11月中旬、六隻の調査船が日本から南極海へ出発しました。日本が05年から続けている南極海のクジラ調査船団です。日本ではほとんど報道されませんでしたが、欧米では違いました。英国のBBC放送は、日本人が船から銛を発射してクジラをしとめ、血まみれになったクジラを解体するシーンをくり返し流しました。日本の捕鯨は、「残酷なこと」として海外で広く知られています。

 捕鯨が国際問題となったのは、乱獲でクジラが激減したためでした。19世紀、産業革命のただ中にあって、欧米諸国は大量の鯨油(クジラの油)を必要としました。乱獲で沿岸部のクジラが減ったため、各国の船は太平洋、南極海などでクジラを捕りました。

 遠洋でクジラを捕ると、鮮度が落ちるため肉を持ち帰ることができません。そのため、工業的価値の高い鯨油やひげを残し、肉は捨てるようになりました。クジラは食料ではなく、工業用資源になったのです。

 20世紀半ばには石油の精製技術が向上し、鯨油はすたれました。米国や英国など多くの国が捕鯨をやめましたが、この時点ですでに、クジラは大幅に減っていたのです。

 その後、国際社会はクジラ資源の保全へと大きく変わります。1948年、国際捕鯨委員会(IWC〓International Whaling Commission)ができ、82年には営利目的の「商業捕鯨」全面禁止を採択しました。乱獲で野生動物を絶滅の危機に追い込んだ反省から、クジラは自然保護運動の象徴になり、ホエールウオッチングが人気となりました。

「動物愛護」「食材」違う価値観 
科学的データで建設的な議論を

 日本も、51年にIWCに加盟、87年に商業捕鯨を中止しました。しかし、すぐに調査捕鯨を始め、商業捕鯨の再開を求めています。欧米と違って日本が「動物愛護」に変わらないのは、魚や家畜と同様、クジラは食材という感覚が強いからでしょう。欧米の市民が100年以上前に鯨肉を食べなくなったのに対し、日本では3、40年前は学校給食にもよく出て「一度は食べたことのある」味だからです。

 調査捕鯨はIWCに認められたもので、国際法的に問題はありません。でも、反捕鯨国は、1年間に1000頭ものクジラを殺して調査する必要はなく、事実上の商業捕鯨だと非難しています。

 自国の価値観で他国を攻撃するのは一面的すぎます。かといって、日本の主張も広く世界の人々を納得させる内容ではありません。「クジラ食は伝統文化」といっても地域的なものだし、「クジラが大量の魚を食べて海洋資源が減っている」というのも明確な証拠はありません。

 IWC自体も、捕鯨推進派と反捕鯨派の対立で正常に運営できなくなっています。今、世界的な魚の乱獲で、クジラに限らず海の資源は危機的状況です。豊かな海をどう守るのか、あらゆる科学的データを明らかにして、建設的な議論が進むことを期待します。

(星井麻紀記者〓朝日新聞 外交・国際グループ)

2008年2月3日


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