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お坊さんや市民ら10万人規模
軍が発砲して日本人記者も死亡
東南アジアの仏教国、ミャンマー(ビルマ)で、軍事政権に反対するお坊さんや市民のデモが広がりました。9月27日には、警察や軍隊が発砲したため、最大の都市ヤンゴンでカメラを手に取材をしていた日本人の長井健司さん(50)が亡くなりました。ミャンマー国営テレビは、26、27日の2日間で10人が死亡したと報じましたが、実際はもっと多くの人が犠牲になったともいわれています。
ミャンマーは、タイの西どなりにあり、第二次世界大戦後の1948年にイギリスから独立しました。人口は約5300万人で、国民の9割が仏教徒です。長い間、軍人が政治の実権を握り、タン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長の独裁政治が続いています。軍事政権は八九年に国名をビルマからミャンマーに変えました。しかし、軍政に反対する人たちは今もビルマと呼びます。
今回、デモが起きたきっかけは、8月15日に政府がガソリンなどの価格を引き上げたことです。バス料金が2倍、タクシー料金が1.5倍になり、ただでさえ生活の苦しい市民が抗議のデモを始めました。
もっともこれはきっかけにすぎません。この国では62年から軍人が政治を支配し、国民の不満が積もっています。88年には、民主化を求める人たちのデモに対して、軍が武力で応じて約3000人が犠牲になったといわれます。こうした記憶も軍への反感を強めています。24日にヤンゴンであったデモには10万人ほどの人たちが参加し、地方にも広がりました。
民主化運動リーダーを軟禁中
弾圧やめるよう各国は説得を
民主化運動のリーダーは、アウン・サン・スー・チーさん(62)という女性です。独立運動を指導し「建国の父」といわれているアウン・サン将軍の娘です。イギリスに留学し、日本の京都大学で研究をしたこともある人ですが、ミャンマーに帰国し、軍事政権に反対する政党、国民民主連盟(NLD)の書記長になりました。NLDは90年の総選挙で圧勝しましたが、軍事政権はこれを無視して権力に居すわっています。さらに、スー・チーさんを自宅に閉じこめ、政治活動をできなくさせています。困難のなかで民主化を求める活動が評価され、翌年には、スー・チーさんにノーベル平和賞がおくられました。
今回のデモの主役は、お坊さんです。軍は、国民に尊敬されているお坊さんを殴りつけ、寺をたくさん壊しました。「絶対に許せない」。人々は軍への怒りをつのらせています。
もっとも、お坊さんの側も、どういう政治をこれからやっていくか、構想はまとまっていません。当面は、軍が国民をおさえつける体制が続きそうです。欧米の国々はこうした政治のあり方を厳しく批判し、企業の投資や援助をやめる経済制裁を行っています。日本は「制裁だけでは軍事政権の態度を変えさせられない」として友人関係を保ってきました。こうした関係を続けるべきか、福田新内閣の難しい外交問題になっています。
国連は9月29日、ミャンマーに特使を送りました。世界の国々が結束し、軍事政権に対して、国民の意見をよく聞き、武力弾圧をやめるよう説得してゆくのが大切です。
(桜井 泉記者=朝日新聞 外交・国際グループ)
2007年10月7日
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