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9・11 事件が世界に残した課題は

米国同時多発テロから5年
3千人の犠牲者、大きな衝撃

 米国でハイジャックされた民間機4機が、ニューヨークの世界貿易センタービルなどに次々と突入し、日本人を含む約3千人が亡くなったテロ事件から、9月11日で5年がたちました。大勢の犠牲者を出した悲劇である一方で、この事件は後に米国主導のアフガニスタン攻撃やイラク戦争を引き起こし、テロの火種がイスラム世界に拡大するきっかけともなりました。

 事件の衝撃の大きさから、我々の生きる今の時代は「9・11後」ともいわれます。この節目の年に、あの日何があったのかもう一度振り返ってみましょう。

 午前8時45分(日本時間午後9時45分)すぎ、ニューヨークの世界貿易センタービル北棟に、ハイジャックされたアメリカン航空11便(乗客ら92人)が突入しました。炎と煙を上げる北棟をあぜんとして見つめる市民の目の前で、さらに南棟に2機目の飛行機、ユナイテッド航空175便(乗客ら65人)が突入。ニューヨークのシンボルであった「ツインタワー」は、2時間後には見る影もなく崩れ落ちていました。

 少し離れたバージニア州では午前9時40分ごろ、米国防総省(ペンタゴン)にアメリカン航空77便(乗客ら64人)が突っ込みました。午前10時にはユナイテッド航空93便(乗客ら44人)がペンシルベニア州ピッツバーグ南東に墜落。日本人24人を含む総勢約3千人の犠牲者の多くは、米国に暮らす一般市民でした。

米国の主導で「対テロ戦争」
安定は遠く、各地でテロ多発

 その後、この同時多発テロ事件を計画・実行したとして、米国は国際テロ組織アルカイダとその指導者オサマ・ビンラディン容疑者を名指しします。ビンラディン容疑者を保護するイスラム原理主義タリバーンをアフガニスタンから排除するという名目で、米英を始めとした連合軍によって空爆が行われました。
 さらに米国は2003年、「大量破壊兵器を所持するテロ国家」としてイラクに攻め入ります。フセイン大統領失脚後も、米軍の駐留と武装勢力の攻撃は続き、現在までに4万1千人以上のイラク市民が犠牲になったとされています。

 日本も同盟国として加わった米国主導による一連の「対テロ戦争」は、果たして世界に安定をもたらしたのでしょうか。この五年間、世界で起きたテロ事件の多さを考えると、むしろ逆効果だったのではないかとすら思われます。最近では今年8月、ロンドンで米国行きの民間機をねらったテロ未遂事件が起き、世界中が9・11を思い起こして震え上がりました。

 米国も厳しい状況にさらされています。アフガニスタン攻撃とイラク戦争での米軍の死者は約3千人に上り、毎月増え続けています。国内ではテロ対策を理由に、情報機関が電話通信記録を傍受したり金融取引情報を勝手に引き出したりするなど、プライバシーの侵害も深刻化しています。
 9・11が残した課題。その多くは五年たった今も積み残されたままです。

(松下 佳世・朝日新聞外報部)

2006年9月17日


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