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イスラエルがレバノン攻撃どうして?

戦火が拡大、多くの犠牲者
武装組織「ヒズボラ」に対抗

空爆で破壊された街から、荷物をはこびだす住民たち=ベイルート南部ハレト・フレイクで、7月25日

 イスラエルとレバノンの武装組織との戦闘が激しさを増しています。イスラエル軍が7月12日にレバノン国内への攻撃を始めてから、レバノン側の犠牲者は500人を超え、イスラエル側も五十人以上の死者が出ています。近隣諸国の多くは「戦いをやめて話し合いによる解決を」と呼びかけていますが、対立の火種を消すのは難しそうです。

 今回の戦闘のきっかけは、レバノン内に拠点を置くイスラム教シーア派の武装組織「ヒズボラ」がイスラエル領内に入り、イスラエル軍兵士8人を殺害、二人を拉致した事件です。拉致された兵士を解放するように求めたイスラエル軍はその後、レバノンの国際空港や幹線道路を空爆。七月二十二日にはレバノン南部のイスラエルとの境界に近い村に戦車などで攻め入り、占領しました。

パレスチナ人と戦争の歴史

 レバノンをはじめ近隣のアラブの国々と、イスラエルは、これまで何度も戦争を起こしています。

 互いが激しく対立するようになったのは、1948年にイスラエルの国がつくられてからのことです。イスラエルを建国したのは、ユダヤ教を信じるユダヤ人たちで、2000年ほど前に国を滅ぼされて世界に散らばっていましたが、祖先が住んでいた場所に再び国をつくりました。ところが、そこに住んでいたパレスチナ人は追い出され、レバノンやヨルダンなどに逃げました。

 以来、イスラエルから土地を取り戻そうとするアラブ・パレスチナ人と、さらに国土を広げ、国を守ろうとするイスラエルとの争いが続いているのです。

 イスラエルは82年にもレバノンに侵攻し、武装したパレスチナ人を国境から遠ざけるための「安全保障地帯」と称して一部を占領したことがありました。ヒズボラはこのころに作られました。イスラエルに抵抗する武装集団として活動し、資金や武器をイランやシリアが支援していると言われています。様々な宗教を信じる人たちが混在するレバノンの中で、人口の26%を占めるイスラム教シーア派の人々を中心に支持を広げ、92年の選挙で初めて、14人の国会議員を誕生させました。今では閣僚も出ています。

停戦求める各国の声高まる

 イスラエル軍は2000年5月にレバノンから撤退しましたが、その後もヒズボラはイスラエルへの武装闘争を続けてきました。このため、米国はヒズボラをテロ集団だと批判し、イスラエルはヒズボラの武装解除を求めてきました。
 周辺諸国では、停戦を求める声が強まっています。レバノンの子どもら五十人以上が一度に亡くなった空爆が7月30日にあり、国連安全保障理事会は同日、「強い遺憾の意」を示しましたが、各国が一致して停戦を迫ることはできませんでした。イスラエルと強い同盟関係にある米国が、ヒズボラが拒否している武装解除にこだわるなど、各国の意見をまとめるのが難しいためです。
 イスラエルは6〜7月、パレスチナ人らが治めているパレスチナ自治区ガザにも侵攻し攻撃を続けました。アラブ諸国を巻き込んだ大規模な戦争につながる恐れもあり、予断を許さない状況です。

 

(丸石 伸一・朝日新聞外報部)

2006年8月6日


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