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新政府に治安権限を移譲
死傷者なし、首相は成功強調
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イラクのサマワ宿営地から運び出される陸上自衛隊の車両=6月25
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イラクに派遣されている陸上自衛隊が撤収し、帰国することが決まりました。二〇〇四年二月の第一陣派遣から二年半、延べ五千五百人の自衛隊員がイラクに行き、戦争の復旧事業にあたってきました。戦闘地域がある海外への、初の自衛隊派遣でした。
小泉首相は「(自衛隊が)一発の弾も撃たず、一人の死傷者も出さず、(任務を)終えることができてうれしい」と、自衛隊のイラク派遣が成功だったことを強調しました。
イラクは米・英軍を中心とする多国籍軍との戦争で三年前にフセイン政権が倒された後も各地で戦闘が収まらず、宗派間の内戦状態も起きて毎日数十人の死者が出ています。米軍十三万三千人、英軍八千人が中心に治安維持にあたっていますが、米軍死者は二千五百人を超えました。
それでも去年十月、国民投票でイラク新憲法が誕生、国民議会選挙が行われ、今年五月、やっとイラクの正式政府が発足しました。
米国のブッシュ大統領、英国のブレア首相はすぐバグダッドを訪問し、新政府のマリキ首相と会談。イラクの治安維持を多国籍軍からイラク軍、警察に移す手順などを話し合いました。イラクの独立回復への一歩です。
マリキ首相は手始めに、南部ムサンナ州の治安維持を引き受けると発表。ここは州都サマワに自衛隊が駐とんする州です。これまで治安維持は英軍が担当し、自衛隊も英軍に守られて復旧活動をしていました。英軍は七月中にも撤収、自衛隊も撤収することになったのです
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サマワで給水や道路の復旧
航空自衛隊は支援活動続行
自衛隊はサマワに六百人の規模で駐とんし、戦争で被害を受けた病院への医療支援、住民への給水、学校、道路、橋の復旧・整備にあたってきました。医療支援は約二百七十回、給水は五万トン、学校は三十四校、橋二十七か所、道路九十(キ ロ)を復旧しました。現地のイラク人を毎日平均九百人、延べ約四十七万人を雇っての事業でした。
ムサンナ州はイラクで最も治安がいい地域で、心配された自衛隊への攻撃もほとんどゼロでした。それでも宿営地近くに砲弾が撃ち込まれたり、自衛隊の車列を狙った仕掛け爆弾が爆発したりしました。
「サマワは戦闘地域ではない」という解釈で、自衛隊は派遣されました。憲法が自衛隊の海外での戦闘行為を禁じているからです。しかし、イラクの治安悪化は深刻で、いつサマワが「戦闘地域」になっても不思議でない状況でした。
小泉首相は、イラクへの戦争に多くの国が反対し、自衛隊派遣でも国論が二分する中、「テロとの戦い」を掲げる米国のブッシュ大統領支持を鮮明にし、日米同盟を最重視する立場から派遣に踏み切りました。
小泉首相は九月に退任します。任期中の自衛隊撤収を望んでいましたが、イラク新政府の誕生や英軍のサマワ撤収などのタイミングをとらえて決断しました。
航空自衛隊二百人は米国などの要請でクウェートに残り、輸送支援活動を続けるといいます。自衛隊の海外派遣は今後も続くかもしれません。いつでも派遣できる法律をつくろうという動きもあります。
(遠藤 正武・ジャーナリスト)
2006年7月2日
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