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フセイン政権崩壊から3年
宗派対立が激化、テロやまず
混乱が続いていたイラクに5月20日、正式政府が発足しました。サダム・フセイン大統領による独裁政権が2003年に崩壊してから3年あまり。ようやくイラクは自分たちの憲法に基づく議会と政府を持つ国家として再出発しました。ただ、イラク国内では今の体制に反対する勢力による爆弾テロなどで1日数十人が無差別に殺されており、先行きは混沌としています。
イラク新政府の新しい首相はマリキ氏です。新政権の発足にあたって、「傷ついた国民の和解を進めよう」と国民に呼びかけました。
マリキ首相が「傷ついた国民」と語るのは、イラクでは03年のイラク戦争以降、イスラム教の中での宗派や民族間の対立が激化しているからです。この国は、西部や北部を中心としたアラブ人のイスラム教スンニ派が人口の約2割を占め、中南部を中心に同シーア派が約6割、主に北部に居住するクルド人が約15%と分かれています。こうした多宗派、多民族国家を、1958年に王制が倒れた後、クーデターや独裁政治などによって無理に束ねてきたのが、イラクでした。
旧フセイン政権のときは少数派のスンニ派が主導権を握っていて、多数派のシーア派やクルド人は冷遇されました。弾圧や虐殺も起きました。イラク戦争で米国などがフセイン政権を倒してからは、多国籍軍がイラクに駐留し、憲法制定や国民議会選挙を実施するための仮の政府が当面の政権を運営してきました。
各派に配慮、閣僚ポスト倍増
治安回復や経済復興まだ先
こうした経緯を経てようやく誕生した正式政府ですが、大臣の顔ぶれを見ると、シーア派であるマリキ首相が、ほかの宗派や民族に配慮した「寄せ木細工」のようになっています。
各宗派・民族がポスト争いをくり広げたためで、マリキ首相はみんなの不満を和らげるためにポストを新設して大臣の座をばらまきました。その結果、首相と2人の副首相を除く閣僚の数は旧フセイン政権のほぼ倍の37に膨れあがりました。さらに、最も注目されていた治安を担う内務、国防などの重要ポストは利害が対立して決まらず、マリキ首相らが兼務することで混乱を回避しました。
こうした最中も、イラク国内ではテロがやむ気配がありません。特に今年2月にシーア派にとって重要な聖廟が爆破されてからは、シーア派とスンニ派の宗派対立が激化し、バグダッドだけで毎日約50体の身元不明遺体が見つかっています。イスラム過激派による外国人襲撃も後を絶ちません。この3年で4万人前後の市民が爆弾テロや爆撃、暗殺などで死亡したとも言われています。住民が街区をバリケードで封鎖し、武器を手に自衛を始めたところもあり、安全な生活とはほど遠いものです。
マリキ首相は、治安の回復、汚職対策、経済復興を当面の目標としました。しかし、宗派間のしこりがなお強く残り、現在も駐留する米軍などに反発を強める強硬派も少なくないなかで、イラクの前途は容易ではなさそうです。
(奥寺 淳・朝日新聞外報部)
2006年6月11日
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