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地下鉄サリン事件で、地上に運び出されて手当てを受ける乗客ら〓1995年、東京・八丁堀駅前で
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弁護団が控訴趣意書不提出
異議通らないと死刑確定へ
オウム真理教の「教祖」で、地下鉄サリン事件など多くのテロ、殺人事件を起こした、と一審で死刑判決を受けた松本智津夫(麻原彰晃)被告について、控訴審の東京高裁が3月末、裁判を打ち切る決定をしました。
弁護団が控訴趣意書を期日までに出さなかったというのが理由ですが、実際は、松本被告は精神病で治療が必要、という弁護団に対して、病気ではない、これ以上裁判の引きのばしは認められない、というのが高裁の判断でしょう。弁護団は異議を申し立てました。異議が同高裁、そして最高裁で認められなければ松本被告の死刑が確定します。
オウム真理教が十数年前に起こした数々の事件は日本中をふるえあがらせました。教団は多額のお布施の要求や脱会を認めないことなどで、信者や信者の家族らとトラブルが相次いでいました。
そうした教団を批判していた坂本堤弁護士が妻と1歳の長男とともに、横浜市の自宅で殺害され、新潟、富山、長野の山中に別々に埋められました。
6年後の1995年、東京の地下鉄「霞ケ関」駅を通る日比谷線、丸ノ内線、千代田線の電車の中で猛毒のサリンがまかれ、乗客ら12人が死に、約5500人が重軽傷を負いました。いまも後遺症に苦しむ人が多数います。
裁判引きのばしは認めない
真相解明できなくなる恐れ
この事件の首謀者として松本被告が、山梨県上九一色村(当時)の教団施設の隠し部屋で逮捕されました。調べの中で、坂本弁護士一家の殺害も松本被告から指示を受けた教団信者六人の犯行だったことがわかりました。
地下鉄サリン事件の前年には、信者の手で長野県松本市でもサリンがまかれ、7人が死に約600人が重軽傷。95年には東京・新宿の地下鉄駅トイレでも教団信者が猛毒の青酸ガスを発生させようとしました。
松本被告はこれらを含む13の事件の首謀者として殺人罪などで2年前、東京地裁で死刑判決を受けました。本人は一審の途中からほとんどしゃべらず、意味不明の奇声や言動をくり返しました。弁護団は精神病を発症していて「訴訟能力」がない、まず治療を、と主張しました。東京高裁は精神鑑定の結果からも精神病のふりをしているだけ、と突っぱねたわけです。
オウム真理教の事件はみんなが生まれる前後のことで、「麻原彰晃」といってもピンとこないでしょうが、大人にとっても、宗教教団がなぜあれほどの反社会的な犯罪を重ねたのか、わからないことが多すぎる事件です。
地下鉄サリン事件にしても「霞ケ関」駅を狙ったのは、近くに警視庁があり、混乱させて教団への捜査をストップさせようとした、といわれていますが、本気でそう考えたのか。地下鉄の乗客がいっぱい死ねば、そうなると思ったのでしょうか。
オウム教団は、90年の衆議院選挙に25人の立候補者を立て、日本をよくするなどと訴えてもいました。その一方でテロや殺人を平然とくり返しました。
「教祖」松本被告が本当は何を考えていたのか、裁判の場で明らかにされるのを国民は待っていました。裁判が打ち切られ、事件が闇の中に葬られるのか、心配ですね。
(遠藤 正武・ジャーナリスト)
2005年4月9日
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