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タクシン政権が崩壊
権力握った軍は移譲を約束
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| 軍の警戒の中、通学する学生たち=9月21日、首都バンコクで |
タイで九月十九日、軍によるクーデターが起き、タクシン首相が率いる政権が崩壊しました。首相がニューヨークに出張中のタイミングをねらったものです。クーデターとは、軍隊が武力で政府を倒し、権力を握ることです。クーデターをリードしたソンティ陸軍司令官らは、二週間以内に軍人ではない「文民」に政治の権限を譲ること、一年以内に新しい憲法をつくり総選挙をすることを約束しました。
タイには日本の企業がたくさん進出し、首都バンコクには日本人が二万七千人ほど住んでいます。日本人観光客も多く、日本と関係の深い国ですから、タイの政治がこれからどうなるのか、関心を集めています。
タイでは、これまでに二十回ほどクーデターが起きています。最近では一九九一年のクーデターで軍事政権ができました。翌年、民主化を求める市民と軍隊が衝突し、多くの市民が犠牲になりました。その後、プミポン国王が和解を勧告し文民政権ができ、民主主義が定着したとみられていました。
今回のクーデターでも街頭には戦車が出ましたが、市民たちは兵士に花をあげるなど和やかな雰囲気でした。混乱は見られず、前回と対照的でした。バンコクの大学が行った調査では約八四%の人たちがクーデターを支持しています。タイのプミポン国王は、国民から絶対的な尊敬を受けています。クーデターを起こしたソンティ陸軍司令官らは、国王に面会し、忠誠を誓いました。
首相親類の不正に国民不満
「選挙で交代」の民主政治を
五年前に就任したタクシン首相は、携帯電話のビジネスで成功した大富豪です。そして自らの政党「タイ愛国党」をつくり二〇〇一年の総選挙で勝ち、その後、下院で過半数を握ってきました。
今年に入ってタクシン首相の親類が株の取引で大もうけし、税金を逃れていたという疑惑が明らかになり国民から批判を浴びました。すると首相は二月に下院を解散しました。四月の下院選挙では、主要三野党が候補者を立てずボイコットする中で、愛国党が過半数の票を獲得。しかし、首相への抗議をこめた白紙投票が多く、一部の選挙区で再選挙になるなど混乱しました。このため、首相は「国の和解のため」として辞任を表明しました。しかし最近は、そのまま居座る姿勢を示し、国民の不満が高まっていました。
クーデターが起きたため、タクシン首相はイギリスに逃げました。タイに帰れば逮捕される可能性があり、イギリスで亡命生活を送るとみられます。
どんなに悪い政権であっても、政権交代は選挙によって行われなければならないというのが、民主主義のルールです。軍は、新聞や放送局に自由な報道を禁じました。一部の国民の間では不満も出はじめ、ヨーロッパやアメリカからはクーデターを批判する声も聞こえます。早く、軍が約束通り政治から手を引き、安定した民主的な政治を取り戻してほしいものです。
(桜井 泉・朝日新聞外報部)
2006年10月1日
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