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イスラエルの首相倒れる
占領地入植、長年激しく対立
イスラエルのシャロン首相(77)が倒れました。今月四日に脳出血で緊急入院。小泉首相はイスラエルを訪問しシャロン首相と会談しようとしていましたが、直前に中止になりました。
イスラエルという国は、第二次世界大戦後の一九四八年にパレスチナという場所につくられました。二千年ほど前に国を滅ぼされ、世界に散らばっていた、ユダヤ教を信じるユダヤ人たちが「祖先の地」につくりました。ところが、もともとそこにはアラブ人が住んでいて、イスラエル人に追い出されることになったのです。この人たちはパレスチナ人と呼ばれ、難民として周辺のレバノンやヨルダンなどに逃げました。
イスラエルは、世界各地にいる裕福なユダヤ人やアメリカから援助があり、強い軍事力をもっています。エジプトなど周辺のアラブの国々と四回、戦争をしました。六七年の第三次中東戦争では、エジプトからシナイ半島とガザ地区、ヨルダンから東エルサレムとヨルダン川西岸、シリアからゴラン高原を奪いました。占領したガザ地区や西岸にはイスラエル人が住み、農場などを経営する入植地ができました。
シャロン氏はもともと軍人です。七四年に国会議員に当選し、政治の道に進みました。その後、農業大臣として占領地へのイスラエル人の入植を進めました。八二年には国防大臣として、イスラエルの北にあるレバノンへの侵攻を指揮しました。二〇〇一年に首相になってからは、パレスチナ人のリーダーだったアラファト議長を議長の事務所に閉じこめ、軍隊で囲み、外に出られなくしたこともあります。
ガザ撤退進めたシャロン氏
双方の議会選挙の結果カギ
パレスチナ人たちは組織をつくり、武力でイスラエルに抵抗してきました。ときには、体に爆弾をくくりつけてイスラエル人がたくさんいる場所で自爆するという激しい抵抗(自爆テロ)です。
このようにイスラエルとパレスチナは宿敵同士です。しかし九〇年代に入ってからは、イスラエル側も、パレスチナ人に一定の政治的な権利を認め、パレスチナ人たちは、自治政府をつくっています。
シャロン氏は昨年夏、占領していたガザ地区からイスラエル人入植者と軍を一方的に引き揚げました。和平への動きのように見えますが、パレスチナ人が多く住み管理の難しいガザを手放し、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸の管理に集中するねらいがあったという見方もあります。
シャロン氏は、これまで強い指導力で国を引っ張ってきました。これからパレスチナとの関係がどうなるか、心配する声もあります。今月下旬にはパレスチナの議会選挙が予定され、三月にはイスラエルで総選挙があります。その結果によってイスラエルとパレスチナの今後を占うことができるでしょう。
(桜井 泉・朝日新聞外報部)
2005年1月22日
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