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中東和平への一歩となるのかな

イスラエルがガザ地区撤退
パレスチナ占領、入植の歴史

 中東のユダヤ人の国イスラエルが15日から、ガザ地区という場所に住む自国の人たちを引き揚げさせました。イスラエルは第二次世界大戦後、もともとイスラム教徒のパレスチナ人たちが住んでいた地域につくった国です。ガザ地区には、パレスチナ人の土地をイスラエルが占領して住み着いた入植地と呼ばれる場所があり、争いが絶えませんでした。イスラエルが占領地から撤退するのは初めてです。和平への一歩と期待する声もありますが、実際はどうなのか、歴史をたどりながら考えてみます。

 ユダヤ人は長い間、世界中に散らばって暮らしていました。19世紀末から自らの国をつくろうという運動が起こり、1948年、中東のパレスチナに建設したのがイスラエルです。
 その結果、パレスチナ人には故郷を追われて難民となる人が出ました。反発する周りのアラブ諸国とイスラエルとの間で、これまでに4回も戦争(中東戦争)が起きました。エジプトに近いガザ地区は、67年の第三次中東戦争で、東エルサレム、ヨルダン川西岸という地域などとともに、イスラエルに占領されました。難民になったパレスチナ人とその子孫は四百万人いるといわれます。

 以来、ガザ地区にはイスラエルが入植地をつくり、8千人のユダヤ人が住んでいました。ヨルダン川西岸にも入植地ができ、23万人が住んでいます。
 占領に不満なパレスチナ人たちは八七年からイスラエルへの抗議行動を始め、対立が高まりました。
 米国の仲介で93年、イスラエルとパレスチナ双方が歩み寄ります。翌年からガザ地区とヨルダン川西岸地区の一部で、パレスチナ人の自治が始まりました。

 しかし、パレスチナ人の国をつくり、難民を戻すなどの課題が残っていました。2000年、両者の交渉は決裂。武力攻撃をしあう事態になりました。
 そこで03年、米国がロードマップと呼ばれる和平の行程表を示しました。双方が攻撃をやめ、イスラエルが占領地から撤退したうえで、パレスチナ国家の建設や難民問題などを話し合う手順です。しかし、交渉は進んでいません。
 そんな中でイスラエルが提案したのが、ガザ地区全域とヨルダン川西岸の一部(計500人が住む地域)からの撤退です。軍隊や警察が、入植地を手放すことに強く反対するユダヤ人を強制的に退去させました。

 米英などは「撤退は和平に向けた第一歩。ロードマップ再開の好機だ」と期待しています。
 ただ、「ヨルダン川西岸の入植地を守るために、軍事的な重要度が低いガザを切り捨てた」という見方もあります。事実、イスラエルは西岸の入植地での住宅増設をやめていません。
 パレスチナ側も撤退は歓迎しています。ただ、全占領地の解放を目指してこれからも攻撃を続ける、と主張する過激派もいます。
 結局、双方がともに幸せに暮らせる世の中が実現できるのか、はっきりと見通せないのが現状です。両者の地道な対話と、それを助ける国際社会の努力を積み重ねるしかありません。

 

 

 (小暮 哲夫・朝日新聞外報部)

2005年8月28日


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