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パキスタン地震 長期的な支援が必要

印パ両国で4万人超す死者
山岳地帯、被災者救援が急務

柱に毛布をかけた簡易テントに、3家族17人で暮らす被災者=14日、パキスタン側カシミール・ムザファラバードで

 パキスタンの北部、隣国インドと接するカシミール地方で十月八日午前八時五十分(日本時間午後〇時五十分)ごろ、マグニチュード(M)7・7の大地震が起こりました。死者は四万人を超え、さらに増える見通しで、インドやアフガニスタンでも犠牲者が出ました。国際協力機構(JICA)から廃棄物処理の指導のため、首都イスラマバードに派遣されていた楢原覚さん(36)と輝ちゃん(2)の日本人親子も犠牲になりました。


 けがをした人は六万人以上に達し、三百万もの人々が住む家を失いました。地震と大津波で二十万人以上が死亡・行方不明となった昨年末のインドネシア・スマトラ沖地震に続く、世界最大級の自然災害となりました。


 国際社会も支援に動いています。英国、フランス、ドイツ、トルコ、中国、インドなどのほか、国際赤十字、世界保健機関(WHO)などが医療団を含む緊急援助チームを派遣しました。日本も国際緊急援助隊を派遣し、崩れた建物や土砂崩れに埋まった人々を探すなどの活動をしています。また、被災した人々や食糧、毛布、テントなどを運ぶために、自衛隊のヘリコプターも派遣されました。各国の非政府組織(NGO)も相次いで現地に入り、救援活動を行っています。


 しかし、被災者の救援ははかどっていません。カシミール地方を中心としたパキスタン北部は山の多い険しい地形で、地震による土砂崩れなどで道路が寸断されてしまいました。被災者や救援物資を運んだりするヘリコプターも不足しているうえ、地元で救援活動に当たらなければならない行政機関や警察、軍隊で働く人々も犠牲になったり、家族が亡くなってしまったりして、とても仕事ができる状態ではないためです。


 救援物資を求めて、山間部からふもとの町まで何時間もかけて歩いた人々もいます。住む家を失い、毛布や食糧も満足にないのに、明け方は気温が一〇度を切るという寒さの中、支援を待つ家族もいます。医師や医薬品の不足も深刻で、何とか助かってもけがの手当てが受けられずに命を落とす事態も心配されています。厳しい冬が近づく中、被災者の救援は時間との戦いとなっているのです。

紛争で社会基盤整備に遅れ

 カシミール地方は一九四七年のパキスタン建国以来、インドと領有権を争ってきた地域です。両国は主にこの地域を巡って、七一年までに三回の戦争を重ね、八〇年代後半以降は、当時のソ連軍が撤退したアフガニスタンから移ったイスラム過激派などが分離・独立運動を続けています。パキスタン、インド両国も停戦ラインを挟んで衝突を繰り返してきましたが、今年四月には両国を行き来するバスが運行を始めるなど、ようやく緊張緩和に向けた動きが出てきたところでした。


 長年続いた両国の紛争が、この地域の社会基盤の向上を遅らせ、今回の大地震の被害を拡大させたと指摘されています。もともと地震の多い地域でありながら、学校ですら粗末なれんがを積み上げただけのもろい建物で、今回、授業を受けていた子どもたちの多くが犠牲になったのです。当面は被災者の救出・救援に全力をあげなければなりませんが、長期的には、地域の安定と人々の暮らしを向上させることが必要なのです。

  (杉井 昭仁・朝日新聞外報部)

2005年10月23日


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