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在外邦人の選挙権制限は違憲
法が憲法に反さないか判断
外国に住む日本人は現在、衆・参院選の比例区でしか投票できず、衆院選の小選挙区では投票は認められない仕組みになっています。最高裁は九月十四日、こんな制限を設けた公職選挙法の規定は憲法に違反すると判断しました。
裁判所は、法律や処分が憲法にかなっているかどうかを調べ、違憲の場合には無効を宣言することができます(憲法八一条)。今回は「違憲立法審査権」について考えます。
話は約四百年前にさかのぼります。英国ではジェームズ一世が国王の権力は神から授けられたという思想(王権神授説)に基づき、独断的な政治を行っていました。「国王といえども神と法の下にある」と述べてこれに抵抗したのが、裁判官のコーク(クックとも呼ばれる)でした。
人による気ままな政治を許さないこのような考え方を「法の支配」と呼びますが、当時の英国では国王に法律を制定する権限(立法権)がありました。もし、単に政治が法律に基づけばよいというのであれば、国王はまず自分で好きな法律をつくり、それによって国を治めればよいことになってしまいます。だから、コークが主張したのは、国王によっても覆したり、侵したりすることができない、より高い次元の法がある、ということでした。どこか違憲審査制の発想に通じるところがありますね。
事実、コークは一六一〇年、王立医師会に特別の地位を与えた国王の勅許状がコモン・ロー(古くから集積された判例法)に反するとして「無効」の裁定を下しています。ただ、この判決は上級裁判所で否定されました。
英国で生まれ米国で根づく
法による人権侵害など防ぐ
違憲審査制が根を下ろしたのは米国でした。一七七六年の独立以降、米国では連邦派と呼ばれる人たちが政治の中枢を占めてきましたが、一八〇〇年、ジェファーソンが連邦派を破って第三代大統領に当選。前任のアダムズ大統領が駆け込みで任命した連邦派の治安判事に辞令を渡さず、争いは最高裁に持ち込まれました(辞令をもらえなかったマーベリーという人が国務長官のマディソンを訴えたので、マーベリー対マディソン事件と呼ばれます)。
最高裁はマーベリーの訴えを退けるのですが、大切なのはその判決で示された考え方です。すなわち、憲法と下位の法律が矛盾する場合、上位の憲法の規定を優先させ、その限りで法律は無効になるというのです。これはその後繰り返し出される「違憲判決」のさきがけとなりました。
日本国憲法の規定は、このような米国の判例の伝統を受け継いでいます。ですから、具体的な裁判が起こされたとき、争いを解決するために必要な場合に、違憲審査権が行使されるのが原則です。また、法律が無効となるのは、その事件に限ってのことで、違憲判決が出たからといって、その法律がなくなってしまうわけではありません。国会での改正手続きが必要です。
民主主義が個人の自由を侵す場合があります。違憲審査制の本質は、多数決によっても奪えない何かの存在を認めることです。憲法はその「何か」を「人類普遍の原理」とか「侵すことのできない永久の権利」と呼んでいます。普通選挙によって民主的に成立した議会が、人権侵害の法律を次々に成立させた戦前の歴史を思い起こしてください。
(久保谷 洋・ジャーナリスト)
2005年10月02日
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