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パレスチナ紛争今度こそ終わるかな
イスラエル軍撤退、停戦

 パレスチナとイスラエルの争いに、ようやく薄日が差し始めました。イスラエル軍が、パレスチナ自治区ガザから撤退を始め、パレスチナ過激派も3か月の停戦を発表したのです。しかし、長い間対立してきただけに、双方に根強い不信感が残っています。なぜ、戦いが続いてきたのでしょうか。
 パレスチナ問題とは、同じ地域にそれぞれの国家をつくろうとする、ユダヤ人とパレスチナ人の対立のことです。
 ユダヤ人はもともとパレスチナに住み、ユダヤ教という宗教を信じていたのですが、ローマ帝国による征服などを受け、2千年ほど前から各地に移り住むようになりました。
 ヨーロッパでは宗教の違いを理由に差別を受けたり、ホロコースト(ナチス・ドイツのユダヤ人大量殺りく。600万人が犠牲になりました)にあったりしました。このためパレスチナに安住を求めて移り住み、1948年にイスラエル建国を宣言したのです。
 しかし、パレスチナの民族構成は大きく変わっていました。イスラム教徒やキリスト教徒のパレスチナ人が多数を占め、イスラエル建国に反発したのです。しかし、イスラエルは軍事的にも経済的にもどんどん強くなり、パレスチナ人や周辺アラブ諸国の抵抗を跳ね返しました。
 家や土地を奪われたパレスチナ人には怒りが渦巻き、ゲリラ攻撃やテロで対抗するようになりました。そして、イスラエル軍はテロに対抗するため命令に従わない人間がいれば女性や子どもでも捕まえたり、撃ち殺したりする。今度はその家族が復讐(ふくしゅう)を誓う、という悪循環が続いてきたのです。

復讐でなく話し合いで和平を願う
 今回、イスラエル軍が撤退を始めたガザ地区は、67年の第三次中東戦争でエジプトから奪った土地です。紛争を終わらせるためにつくられた和平構想「ロードマップ」では、このガザ地区とヨルダン川西岸地区を、パレスチナ人国家を建設する場所としています。
 その第一段階として、イスラエル側が占領をやめ、パレスチナ側は過激派によるテロをやめるように定めています。ようやく、その入り口に立ったわけです。
 ですが、「やられたら、やり返せ」という日々が続いてきただけに、相互不信は深刻です。ちょっとしたことで、すべての努力が崩壊するような厳しい情勢が続いています。
 しかし、希望の芽はあります。パレスチナのテロで子どもを殺されたイスラエル人や、イスラエル軍に家族を殺されたパレスチナ人が「殺し合いはもうたくさんだ」と、復讐ではなく和解を求めて95年に「遺族の会」をつくりました。すでに500家族が会員になり、恨みや悲しみを乗り越えて、ともに生きる道を話し合っています。
 代表のイスラエル人イツハク・フランケンタールさん(51)は、94年に19歳の息子をパレスチナ過激派に殺されました。「平和がないから、息子は殺された。話し合えば恐怖と憎しみは静まる。それを目指したい」と話しています。
 こうした動きが広がり、「ロードマップ」実現を後押しすれば、きっとパレスチナに平和は来るはずだ。そう願っています。

(貫洞 欣寛・朝日新聞記者)

(03年7月6日)


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