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| 15日、反体制派の初会合がイラク国民会議(INC)中心であるとして反発し、ナーシリヤ市内をデモ行進するシーア派の民衆 |
米英軍によるイラク攻撃の結果、首都バグダッドを始め国内の主要都市はほぼ米英軍に制圧され、サダム・フセイン政権は崩壊しました。23日までに、「戦争終結宣言」は出ていませんが、国際社会の関心は早くもイラクの戦後復興に移っています。
米英軍の手に落ちた町では当初、市民による略奪が相次ぎました。政府施設や病院、学校、警察署、旧政権要人の家などが手当たり次第に荒らされ、博物館からはメソポタミア文明時代の貴重な文化財が次々と盗み出されました。政権が崩壊して警察や治安を守る部署が機能しなくなり、だれも止めることができない「無政府状態」に陥ったためです。
一方、国内の秩序を復活させ、新しい国の仕組みを作る動きも始まりました。新政権はイラク人によって運営されるのが前提です。しかし、米国としてはまず米英軍が軍政を敷き、その後、米国主導の統治機関を作って、将来の新政権への発言権を維持したいと考えているといわれます。米国は国防総省・軍の下に「復興人道支援室(ORHA)」という組織を設け、室長に退役軍人のガーナー氏を就任させました。当面、ORHAがイラクの復興計画を練ることになります。
米国には、世界有数の埋蔵量を誇る石油の利権を確保しようという狙いがあるといわれます。さらに、膨大なカネが動く復興事業にからみたいとの思惑も重なっています。
一方、そうした動きに対して、戦後復興には米国だけではなく、国連を中心とした国際社会全体が関与すべきだとの声も欧州を中心に根強く、意見は分かれたままです。
また、フセイン大統領に反対してきた国内外のイラク人組織も一枚岩ではありません。米国防総省はイラク国民会議(INC、本部・ロンドン)のチャラビ代表を後押ししているといわれますが、同氏には他のイラク人組織だけではなく、米国内部からも異論が出ています。
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