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東ティモール独立へグスマン初代大統領
 かつてインドネシアに武力併合されていた東ティモールが、国連による暫定統治を経て、いよいよ5月20日に独立します。それに先だって初の大統領選挙があり、独立運動の指導者だったシャナナ・グスマン氏(55)が8割以上の得票で初代大統領に選ばれました。
帝国主義による占領や内戦  99年独立派圧勝で騒乱状態
初代大統領に当選、報道陣に囲まれて笑顔を見せる
シャナナ・グスマン氏=東ティモール・ディリ市で

 東ティモールといえば、1999年、インドネシアからの独立か自治かを巡って起きた騒乱を覚えていませんか。騒乱の原因や長く険しかった独立までの道程を考えるうえで、帝国主義諸国にほんろうされた歴史を無視することはできません。
 東ティモールがあるティモール島は、半分以上が山岳地帯にあります。このうち東ティモールの面積は、長野県よりやや広い1万5000平方bです。人口は約74万人。この地域で使用される言語は32種類もあると言われています。
 16世紀に島をポルトガルが占領しましたが、インドネシアを支配していたオランダに西半分を譲りました。第二次世界大戦中は全島を日本軍が占領しました。日本の敗戦とともに、インドネシアは支配権を取り戻したオランダと戦って独立しました。西ティモールはこのときインドネシアの一部として独立しました。
 東ティモールは再びポルトガル領になっていましたが、74年にポルトガルが撤退。即時完全独立を目指す人々(フレティリン)とインドネシア併合を目指す人たちが内戦を始めました。スハルト政権下のインドネシアが内戦に軍事介入し、東ティモールを76年、武力併合しました。
 スハルト政権が崩壊した後の99年、自治権を持ってインドネシアにとどまるか、独立するかを問う住民投票が国連の管理下で実施され、独立派が圧勝しました。しかし、長いインドネシア統治の間に、多くのインドネシア系の住民が東ティモールに移住してもいたのです。自治派の民兵による発砲や放火が起き、住民が虐殺されたり難民になるなど騒乱状態になりました。

事態の収拾に国連が手助け 今後も国際社会の支援必要
   事態を収拾するために、国連の安全保障理事会は多国籍軍の派遣を決め、独立までの国づくりを助けるために国連東ティモール暫定統治機構(UNTAET)を設立しました。議会や軍、裁判所などが整備され、国としての形が整ったところで今回、大統領選でグスマン氏が初代大統領に選ばれたのです。
 誕生前の独立国家ですが、問題を多く抱えています。議会の第一党になったフレティリン幹部とグスマン氏の対立や言語問題などです。
 日本は多額の資金援助をしているほか、昨年8月にあった制憲議会選挙に選挙監視団、今春には国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣しています。今後もこうした協力が欠かせません。東ティモールは、引き続き国際社会の支援を必要としているのです。

(小倉いづみ・朝日新聞記者)

2002年5月4日


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