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欧州で論争再燃、 ズデーテン問題って?
 欧州では、1月から単一通貨「ユーロ」の流通が始まるなど、欧州連合(EU)加盟を希望する東欧諸国も含め、仲良く「一つのヨーロッパ」を目指す動きが強まっていましたが、一部で険悪な空気が流れています。ドイツ、チェコ、スロバキア、ハンガリーの間で、「ズデーテン問題」が蒸し返されているのです。
チェコのドイツ人追放令 ハイダー氏が廃止を要求 
 発端は、オーストリアの極右政党・自由党の党首だったハイダー氏の発言でした。ズデーテンは現在のチェコの北部一帯に広がる山岳地域で、ナチス・ドイツが1938年に併合しましたが、ドイツが戦争に負けて、国境が元通りになると、ここに住んでいた大勢のドイツ人が当時のチェコスロバキアの大統領令などによって追放されました。

 ハイダー氏は今年になって、この大統領令の廃止を要求。すると、チェコ国内で反オーストリア感情が高まり、ゼマン首相が「ズデーテンのドイツ人はヒトラーのスパイだった」などと発言。さらにハンガリーのオルバン首相も論争に参加し、「大統領令は欧州統合の精神と相いれない。チェコとスロバキアのEU加盟前に大統領令は無効になるべきだ」と述べ、EU拡大にまで飛び火しました。
東欧4か国首脳会議は延期  選挙控える各国内の事情も
 このため、3月に予定されていたチェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランドの4か国首脳会議は無期延期になり、同月22日から予定されていたシュレーダー独首相のチェコ訪問も取りやめに。さらに、第二次大戦中にユダヤ人の命を救ったドイツ人実業家オスカー・シンドラー氏の生まれ故郷だったチェコのスビタビ市では、シンドラー氏への顕彰計画を突然、中止するなど、波紋は大きく広がりました。この問題は、97年にチェコとドイツが和解宣言に調印して解決していたのですが、ぶり返してきた形になりました。

 ズデーテン地方には、12−14世紀にかけてドイツから入植した人たちの子孫が数百年にわたり住んでいましたが、ドイツが戦争に負けると、この人たちは、すべてナチス・ドイツ市民とみなされて本国のドイツなどに移送されたのです。ドイツ人は財産をすべて取り上げられて、30−50`の手荷物と1000cまでの現金を持つだけで祖国へ送られました。46年1月に始まった移送は11月まで続き、自主的にドイツに移住した人を含めて、移住者は約300万人に達し、約20万人以上が死亡したとされています。

 ドイツに移り住んだズデーテンのドイツ人たちは今なお、強い結束力を示し、定期的に祭典を行っているほどです。

 問題の背景には、各国で行われる選挙があります。4月のハンガリーを始めチェコ、スロバキア、ドイツでも秋までに選挙が行われるため、国内の支持を高めようとしているのです。

 02年4月7日

(大塚 誠・朝日新聞記者)


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