|
教育基本法は1947年3月、戦後の日本の教育制度のあり方を示す法律として生まれました。教育の目的はもちろん、義務教育や男女共学、社会教育など、今のあらゆる教育制度はこの法律に基づいて定められました。改正となれば、教科書から通信簿の評価の仕方まで、幅広く影響を受けます。
今回の報告書は、文科大臣の要請を受けて、中教審が昨年11月から計16回、話し合ってきたものです。今後は、広く父母や一般の学者らから意見を聴く「公聴会」を全国で計5回開き、その上で、来春にも最終報告書(答申)を出す予定です。答申が出れば、それに基づいて文科省が、法律改正などの手続きに入ります。最初の公聴会は、12月15日、秋田市内で開かれます。
では、なぜ、改正しなくてはならないのでしょう。中間報告書では、「21世紀を切り開く心豊かでたくましい日本人を育てる」ことを、新しい教育の目標に掲げました。そして、そのためには、今の基本法では「重要な理念や原則が不十分だ」としています。つまり、現在の教育基本法に書かれた「個人の尊厳」や「真理と平和」などの理念は大切だとしながらも、新しく、「日本人としてのアイデンティティー(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)」や、「『公共』の精神、道徳心、自律心」などの理念を盛り込むよう、求めています。
確かに、そのいずれも大切なテーマで、加えても問題ないと考える人も多いでしょう。ではなぜそれが、論議を呼ぶのでしょう。なぜ、これまで一度も改正されなかったのでしょうか。
最大の問題は、他のテーマと比べて「日本人」や「国」が強調されすぎてはいないか、という点です。心配する背景には、戦前の苦い記憶があります。太平洋戦争に日本が突き進んだ大きな要因に、それまでの日本の教育方針がありました。「国のために命をささげる」ことが美徳と教えられ、赤紙一枚で人々は戦場に駆り出されました。敵の船を沈めるため、飛行機もろとも飛び込んで亡くなった若者も数知れません。
今の教育基本法は、そんなナショナリズムに走った反省をこめて、「個人の尊厳を大切にする」ことをうたっています。教育の世界にあえて「国を愛する」理念が持ち込まれることには、敏感にならざるをえないのです。
また、「国や郷土を愛する」気持ちをあえて付け足す意味があるのか、という疑問も根強くあります。オリンピックやワ−ルドカップで、私たちはふつう自然に日本を応援します。いわば、だれもが抱く自然な気持ちでしょう。今すでに、福岡市内の小学校では、通知表に「国を愛する心情」などを評価する項目があるそうですが、自然に沸き起こるはずの気持ちを「成績」としてチェックできるのでしょうか。よい成績をとりたい子は先生の言うことに従うでしょうが、それで本当に「心」が育つのか、という疑問が浮かびます。
|