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拉致問題 進展なかった日朝交渉
 日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間の「日朝国交正常化交渉」が、マレーシアの首都クアラルンプールで10月29日と30日の2日間、開かれました。日本と北朝鮮の代表者が、小泉首相と金正日総書記の発表した「共同宣言」にそって、国交をスタートさせるため、本格的に話し合ったのです。しかし、「拉致問題と核開発の問題を解決させるのが先だ」という日本側と、「国交を正常化させ、経済協力について早く話し合いたい」という北朝鮮側との意見があわず、結論は出ませんでした。
 日本からは外務省の鈴木勝也大使が、北朝鮮からは鄭泰和大使が出席し、激しく意見を戦わせました。鄭大使は日本と話し合ったのは4回目で、以前は「拉致なんか絶対ありえない」と言いきった人です。
「戻さないのは約束違反だ」 北朝鮮の主張に日本は反論
日朝交渉が平行線に終わり、硬い表情で記者会見にのぞむ拉致被害者の家族たち=東京都港区で

日本にとって、今回の話し合いの最大のテーマは、やはり拉致問題でした。北朝鮮にさらわれた日本人被害者のうち、生きていることがわかった5人は10月15日、24年ぶりに帰国しましたが、彼らが北朝鮮に残してきた子どもや夫らを、今度は1日も早く、日本へ連れて来なくてはなりません。
 はじめ、5人は日本に「一時帰国」の予定でした。しかし、「北朝鮮に再び戻ったら、もう二度と日本に帰ってこられないのではないか」と両親や親類が心配し、結局そのまま日本にとどまることになったのです。日本政府は交渉で、5人が北朝鮮の家族と電話で話せるようにすることや、家族を日本へ連れて来る日を決めるよう北朝鮮に強く求めました。
 これに対し、北朝鮮政府は「最初に約束したとおり、5人を一度、北朝鮮に戻してから、帰国するかどうかを家族と話し合わせるべきだ」と主張しました。「5人を戻さないのは、約束違反だ」と日本を非難したのです。日時を決めるどころか、電話で話すことすらOKしませんでした。
 しかし、日本政府がその場で反論したように、この問題は、もともと「拉致」という北朝鮮の「犯罪行為」があったことが、すべての始まりです。北朝鮮の政府は一方で、「本人が決めれば、家族は日本に行かせる」「家族の安全は保障する」などと言っています。その言葉が本当なら、早く具体的な日を決めて、被害者やその家族を安心させるべきでしょう。

被害者は失望「家族が心配」 次の交渉で歩み寄りを期待
 ふるさとに帰っている被害者5人は、交渉がうまくいかなかったという知らせに大変失望しました。日本に一時帰国する時、子どもに理由まで詳しく話していなかった人が多く、「長くなると、(独りぼっちの)子どもがかわいそう」(地村富貴恵さん)などと心配しています。日本政府はこのほど5人の滞在先を訪ね、「必ず解決させるが、長引くかもしれないので、我慢してほしい」などと協力を求めました。
 政府は、被害者たちの家族が全員そろって日本に暮らせるよう、いろいろな準備をしています。「支援チーム」を増やしたり、新潟や福井に朝鮮語が話せる人を送り込んだりして、就職や教育、住宅などに不自由を感じないよう努力しています。
 北朝鮮は、11月にもう一度、話し合おうと提案してきました。過去の交渉の時とは違い、歩み寄る可能性はあるようです。日本政府が粘り勝ちするよう、希望を持ち続けましょう。2002年11月10日

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