こどもアサヒ > ニュースドンとこい! > ニュースドンとこい!過去一覧

劇場占拠事件でふき出したロシアの難題
 人気ミュージカルを上映していた劇場が一瞬にして、世界中をはらはらさせる人質事件の現場になりました。10月23日夜9時すぎのことです。ロシアの首都モスクワで800人以上が人質に取られるというショッキングな事件が起きました。
特殊ガス使用して突入作戦 100人超す犠牲に非難の声も

 自動小銃で武装した犯人は、ロシア南部チェチェン共和国で独立をめざすイスラム武装勢力でした。ロシア政府に対し、「チェチェンへの攻撃を中止せよ」と要求しました。プーチン大統領はこれを拒否しました。人質の解放に向けた犯人の説得はなかなかうまくいきませんでしたが、事件が起きてから58時間たった26日早朝、ロシア特殊部隊が突入して幕を閉じました。
 その際、意識を失わせる特殊ガスを投入したようです。武装メンバーはそのガスを吸い込んで抵抗できず、50人が特殊部隊に殺害されました。
 早い段階の情報では、人質の一部が命を落としたものの、最悪の事態は避けられたという評価も聞かれました。
 ところが時間の経過とともに病院で次々と人質が亡くなり、モスクワ市厚生委員会は、死亡した人質117人のうち、事件発生直後に犯人グループに射殺された1人と、犯人らの流れ弾で死亡した男性を除くと、特殊ガスで中毒死したのは115人にのぼると明らかにしました。
 麻薬を混入したガスの可能性を指摘する専門家もいます。また、化学兵器禁止条約に抵触する旧ソ連製のガス兵器だったという声さえあります。
 しかし、ロシア政府はガスの成分について発表せず、人質の死因とガスの因果関係についてはっきりした説明をしません。秘密主義だとの批判が出ており、治療に支障が出ていると医師たちが不満を表明しています。批判がプーチン大統領自身に向けられる可能性も出てきました。

プーチン氏の強硬策が裏目 チェチェン側の反感強まる

 さらに、今回の事件は、チェチェン問題が、出口が見えないまま泥沼化していく危険を感じさせました。
 もともとプーチン氏自身が、チェチェン問題に強硬姿勢を取ることで国民の支持を得ました。最近は、チェチェン側との話し合いを軽視し、現地で抵抗を続ける武装勢力に対するロシア軍の攻撃は激しさを増していました。
 その背景は、昨年9月の米同時多発テロです。反テロでロシアと欧米諸国が手を組んだことで、「チェチェン紛争には国際テロ組織のアルカイダもかかわっている。これは国際テロとの戦いだ」というロシアの言い分に欧米が理解を示し始めていたのです。チェチェンへの攻撃を批判する声も、以前ほどは聞かれなくなりました。これにあせりを覚えたチェチェン側が今回の大胆な行動に出たことは、十分ありえると思います。
 チェチェン民族は19世紀初頭から、ロシア支配に頑強な抵抗を続けてきた歴史があります。帝政ロシアが北カフカス征服に乗り出したころからのことといいます。反ロシア感情がいっそう根深いものになっており、軍事力だけで解決するのは無理で、大幅な自治を与える方向で話し合いを持っていくべきだという意見もあります。
 劇場内には、チェチェン紛争で夫を失って犯行に加わった妻たちの遺体も残されていたといいます。人質事件を起こしたこと自体は非難をまぬがれませんが、こうしたチェチェン民族の叫びをしっかり受けとめないと、問題はいつまでも解決しないでしょう。

 チェチェン紛争 ロシアからの独立を求めるチェチェン共和国のイスラム武装勢力とロシアの間で続く内戦。91年に旧ソ連からの独立を宣言した同共和国に対し、ロシアが94年に侵攻した。96年にいったん停戦したが、99年にロシアは再び侵攻した。
2002年11月3日

朝日学生新聞社のホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての著作権は朝日学生新聞社に帰属します