|

生活保護
生活が苦しくなった人(世帯)に対し、最低限度の生活を営むために必要な「最低生活費」から収入を差し引いた額を支給します。最低生活費は居住地や家族構成に応じて異なり、東京23区や大阪市に住む3人世帯(33歳、29歳、4歳)の場合、月約16万7000円です。必要に応じ医療費や教育費なども補助します。費用は国が4分の3、地方自治体が4分の1を負担します。
憲法第25条に基づく生存権を保障する制度で、「最後のセーフティーネット(安全網)」と呼ばれます。生活保護を受ける世帯はバブル経済の崩壊後の1990年代前半から急増。2005年度には100万世帯を超えました。
自治体の福祉事務所は申請を受けると、預貯金などの資産、働く能力、親族の援助などを調査し、生活保護が必要かどうか判定しなければなりません。しかし、費用を抑えたい自治体は、窓口で申請用紙を渡さず相談扱いにとどめて申請を断念させる「水際作戦」をとっていると、弁護士らから批判されています。研究者は生活保護の基準以下の収入しかない世帯のうち、実際に受給しているのは15〜20%程度とみています。
(2008年7月20日)

竹島
島根県の隠岐諸島の北西約157キロにある群島。2つの小島とその周りの岩礁からなり、総面積は約21万平方メートル(東京ドームの約4.5倍の広さ)。飲料水は乏しく、植物も育ちにくいため、人が住める環境ではありません。しかし、周辺は豊かな漁場で、漁業権などにかかわってくることから、日韓双方が領有権を主張しています。
日本は1905年(明治38)、島根県への編入を閣議決定して領有権を明確にしました。同じ年、日本は韓国の外交権を奪い、5年後には植民地化(韓国併合)しました。その経緯から、韓国では竹島を日本が侵略で最初に奪った島としています。韓国は52年(昭和27)に竹島を取り囲む形で公海上に線引きし、領有権を主張してきました。
文科省は今年5月、中学校の学習指導要領解説書に竹島を「我が国固有の領土」と明記する方針を出しました。韓国側からの反発を受け、7月14日公表の解説書では「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせる」と、間接的に表現しています。
(2008年7月20日)

平泉
岩手県南部に位置し、12世紀に奥州藤原氏の拠点として約100年にわたって栄えました。平安時代から鎌倉時代に移り変わるころ、ちょうど武士が力をつけていった時代のことです。初代・藤原清衡は東北地方を治めていた豪族の出身ですが、武士の源氏の後ろだてを得て、中央の支配からほぼ独立して勢力を誇りました。
藤原氏は東北地方で産出される金や馬を売買して富を築き、北方(北海道など)や京都の文化を取り入れた独自の文化を発展させました。清衡が建立した中尊寺には、金箔で覆われたお堂「金色堂」があります。清衡の子、基衡が建立した毛越寺には、平安時代におこった仏教の考え方である「浄土信仰」を基に石や池で極楽浄土を表現した庭園がつくられました。
日本政府は、中尊寺、毛越寺を含む9つの寺院などを「浄土思想を基調とする文化的景観」として国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録しようとしました。「浄土思想は平和を願い自然と融合する考え方で、世界遺産にふさわしい」とユネスコに働きかけましたが、登録延期が決まりました。
(2008年7月13日)

諫早湾干拓事業
長崎県諫早湾の奥部を潮受け堤防で閉め切り、干拓地(水を取り除いて陸地にすること)と農業用水をためるための調整池を設けた国の事業。1989年に工事を始め、2007年11月に主な工事が終わりました。総事業費は2533億円。約700fの農地が生まれ、個人や法人に貸し出され、今年4月からジャガイモなどが栽培されています。
諫早湾の干拓は、食糧を増やすことを目的に長崎県が1952年に計画を発表しました。地元漁民らの反対を受け、計画は規模などを変えて続き、86年、干潟を乾燥化させた農地づくりと、高潮や洪水に対する防災効果を目的にした干拓事業を国が決定しました。97年に堤防が閉め切られた後、2000年に周辺の有明海で養殖ノリの大凶作が発生、漁民らから事業との関連を指摘する声があがりました。
02年、漁民らが「干拓事業の工事で漁業の被害が起きた」として提訴。佐賀地方裁判所は04年、判決に先立ち干拓工事の差し止めを認める仮処分を決定。工事は9か月間中断しましたが、福岡高裁で決定は取り消され工事は再開。最高裁も05年、原告側の不服申し立てを退けました。
(2008年7月6日)
|