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インサイダー取引
「内部者取引」ともいい、英語では「Insider trading」と呼ばれます。インサイダーは「組織などの内部にいる人=内部者」という意味です。株式を証券取引所に上場している会社などの役員・社員・株主などの「会社関係者」が、会社の株価に影響を与えるような内部情報を利用して、その情報が一般に公表される前に株式の売買などを行うことで、不公正な取引として金融商品取引法で厳しく規制されています。
インサイダー取引を禁止する理由は、このような取引が行われると、内部情報を知らない一般の投資家には非常に不利となり、金融商品の市場の公正性を欠いて、市場の信頼を損なう恐れがあるためです。インサイダー取引を行った場合、個人については、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(または懲役と罰金の両方)が科され、その取引によって得た財産は没収されます。法人には5億円以下の罰金が科されます。
企業情報がいち早く集まる報道機関の中には、社内規定で株取引などを制限しているところもあります。
(2008年1月27日)

派遣労働
働く人が、派遣会社など雇用契約を結んだ派遣元の指示を受けて、派遣先の会社などに行って働くことをいいます。企業にとっては、正社員の採用を控え、労働力が必要なときに仕事をしてもらうことができます。労働者側にとっては、専門技術を生かすことができたり、仕事内容を選んで働いたりできるのが長所といわれますが、雇用や収入が不安定であるなど短所も指摘されています。
1985年、労働者派遣法が制定されて始まりました。当初は通訳など専門性の高い仕事だけが対象でしたが、99年に製造業などを除き原則自由化、2004年には製造業への派遣も解禁され、派遣労働者が大幅に増えました。その結果、労働者を1日単位で派遣する「日雇い派遣」も拡大。法律では禁止されている港湾運送や建設業務への派遣や、派遣先の会社から更に別の会社に派遣する「二重派遣」も横行したため、国は派遣会社大手グッドウィルへの事業停止命令など対策に乗り出しました。
厚生労働省によると06年度の派遣労働者数は前年度比26%増の321万人で過去最多でした。
(2008年1月20日)

ダカール・ラリー
サハラ砂漠を縦断する、世界で最も過酷といわれる自動車レース。第1回は1979年、フランス・パリからスペインを通ってアフリカ大陸に渡り、セネガルの首都ダカールまで走破する約1万2000キロでした。その後、コースや発着点が変わっても、当初の「パリ―ダカール・ラリー」から「パリ・ダカ」の愛称で呼ばれています。
四輪のほか、バイクやトラック、バギーの部門もあります。四輪では97年に日本の篠塚建次郎選手が、2002年、03年に増岡浩選手が総合優勝しました。
ここ数年、テロを警戒したコース変更が続いていました。30回目の今回はリスボン―ダカールの15ステージ、6000(キ ロ)弱のコースを予定していましたが、日程の半分以上を占めるモーリタニアで12月、フランス人旅行者4人が殺され、フランス政府はラリー中止をうながしていました。背景には、かつてアフリカ北西部を植民地にしたフランスと、同じくこの地域に権益を持つスペイン、アメリカを敵対視して、国際テロ組織アルカイダの指導者が「聖戦」を呼びかけていることがあるようです。
(2008年1月13日)

ODA
政府開発援助のこと。Official Development Assistance の頭文字です。政府や政府の機関が、開発途上国の経済や社会の発展、福祉の向上のために行います。開発途上国に対し直接援助する「二国間援助」と、世界銀行などの国際機関を通じた「多国間援助」があります。
二国間援助には、専門家を派遣するなどの「技術協力」、お金の返済義務のない「無償資金協力」、低い金利ながら返済義務がある「有償資金協力」の3種類があります。有償資金協力は、日本のお金「円」で貸しつけられるため「円借款」とも呼ばれます。
日本のODAは、日本が引き起こした戦争に対する戦後賠償のひとつとして始まったため、かつてはアジア向けが大半でしたが、いまはアジアへの比率は下がり、2006年の二国間援助はアフリカ34%、アジア27%、中東14%です。1991年から10年間、日本のODAは世界一の規模でしたが、財政難に伴って減額。06年総額は約1兆3700億円でした。ODAを外交の手段として使ってきたため、国際社会での発言力低下を心配する声もあります。
(2008年1月1日)
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